■2017/12/29〜2018/1/4は冬休みで沖縄。

■gocoupのシングルは2018年に持ち越し。

■こちらもぜひ。
https://soundcloud.com/hanzo_tv/

■『わが心の歌舞伎座』、他


■元日の玉三郎特別公演に始まった一月も、今日で終わり。今月はいろいろあったから、長かったなー。もしくは、短かったなー。どっちなんだ。

では、ここ数日の日記をまとめて。


■1/28 金
朝、起きたとき、身の危険を感じた。それくらい寒かった。

夜、ソースを多めにかけたトンカツをつまみに赤ワインを飲んでみたらなかなか美味しかった。

ちなみに、ソースは「ヒカリ中濃ソース」というのを使ってます。材料の野菜・果物・酢が国産。


■1/29 土

東銀座の東劇に、映画『わが心の歌舞伎座』を観にいく。歌舞伎座のドキュメンタリー。

おれは去年の三月から四月にかけてしか歌舞伎座に行ってないんだけど、それでもそれなりに思い出はあります。さよなら公演中の歌舞伎座周辺の人だかりや、カウントダウンの電光掲示板に、早くも懐かしさをおぼえました。

正月の歌舞伎座の様子も出てきます。歌舞伎座の正月も一度は経験しておきたかったなー、と、いまさらながら思う。

あと、團十郎の弁慶が飛び六法で揚幕の向こうにたどり着いて息を切らしてるシーンと、息を切らしたまま廊下と階段を歩いて楽屋に戻るシーンに、普段は見られない「歌舞伎の舞台裏」みたいなのを強く感じました。←いや、そのまんま文字通りだけどさ、すごく象徴的というか。夢から現実に引き戻される気分を7mgほど味わったというか。すいませんこの文章うまくまとまってません。

などと考えつつ、寿司屋にて遅い昼食(土曜の遅い昼食、というのがものすごく好きなのです)、その後、某お笑いのライブへ。

夜、寿司屋で飲んだ酒が残ったままバスに乗ってしまい、悪酔い。


■1/30 日

部屋にあるコンパクトなディスクを整理。不要なCD60枚(そのうち10枚くらいが8cmシングル)ほどを新宿のディスクユニオンに持っていく。なかなか重い。

そしたら、20枚くらいのCDは、「こんなCD買い取れねえよ! この白衣小僧めが!」と突っ返されたんだけど、まあそんな云い方はされなかったんだけど、とりあえず40枚くらいは買い取ってもらえて、だいたい現金90ユーロくらいになった。

アンダーワールドの謎のブートと、The Orbのファーストアルバム『なんとかかんとかウルトラワールド』の三枚組豪華版はもうちょっと高く買い取ってほしかったなー、と思わないこともないが、そんなこと云ってちゃいつまでたってもCDを手放せなくなって部屋が片付かないので、ま、よしとします。

CDを売りに行くときって、「ちょーっとこれは買い取ってくれないだろうなあ…」という盤も、ダメでもともとといった気分で持ち込んでみるんだけど、そういうCDはほんとに買い取ってもらえないので、最初から持ち込まないほうがいい。←と、頭では分かってても結局は持ち込んでしまうんだな。


■期待値、経験値


■「今月の売上は、わが社の期待値を越えました」とか、

「新製品に対する期待値がどんどん高まっている」とか、

「そのカレーの味は期待値ほどではなかった」とか、

そういうことを云うお侍さんがたまにいらっしゃるが、「期待値」というのは統計学上の、えーっと、統計学上の、えーっと、まあ、統計学上の何らかの言葉であって、「期待する水準」とか、そういう意味の言葉ではないはずだ。たぶん。

でも、goo辞書には載っていました。うーむ。


■期待値で思い出しましたが、あと、「経験値」も気になりますね。

「7年間にわたり、エンジニアとしての経験値を積み重ね」とか、

「これまでのキャリアの経験値を活かしてがんばりたいです」とか、

そういうことを云うお侍さんもたまにいらっしゃるんだけど、そこ、「経験値」じゃなくて「経験」でいいのではなかろうか。

まあドラクエとか、そういうゲームに出てくる「経験値」というパラメータを目にすることで、初めて「経験」という言葉に接した世代にとっては、「経験」と「値」が、もう最初っから切り離せないものになってるのかもしれない。

あと、「経験知」という同音の言葉の存在もあって、「経験値」という云い回しがあまり違和感なく受け入れられているのかもしれない。

そもそも、経験って数値化できるもんなんですかね。とか、そういう話はこのエントリの本題ではないから、しない。

(ちなみに、おれが小学生のころに読んだとあるロールプレイングゲームの本では、「経験値」という言葉を説明する際、「経験を数値で表す、というのも妙な話ではあるが…」みたいな前置きを述べてたような気がします。)


■今日もたまたま読んでた雑誌かなんかで、「新しいことを始めるために、いままでの経験値を一度捨てる」みたいな云いかたをしてた人がいたけど、やっぱりこれ、「経験」でいいよねえ。

あ、「実際のものごとを、ゲームになぞらえて表現する」って意味を込めて、あえて「経験」でなく「経験値」って云いかたをしてるのかな。などと、変なフォローをしてやる理由も今のところはあんまりない。おれは。


■ま、でも、コトバってのは、時代の流れとともにあれするわけですからね。


■ほんとは「ほぼほぼ」とタイプするのもイヤ


■昨日一日で摂取したカロリーは合計880kcalでした。半蔵商店です。


■さて、いつのころからか、打ち合わせの席や仕事の電話で、「ほぼほぼ」という単語を使う人が多くなってきている。

「この見積書につきましては、これでほぼほぼ確定です」

「この広告のキャッチコピーにつきましては、『一心同体少女隊。』にほぼほぼ決まっています」

みたいなね。


■なんだよ、ほぼほぼって。「ほぼ」でいいじゃないか。

と思うのですが、

「ほぼ」→90%くらい

「ほぼほぼ」→95%くらい

みたいなニュアンスの遣い分けがあるのかもしれない……とも思うのですが、「ほぼ」が「ほぼほぼ」に取って代わられつつあるような気がするんですよね、どうも。そしたらニュアンスの遣い分けもヘチマもない、って話になります。


■あと、一部の人類は、

いまいまの段階では、厳しい状況ですね、ええ」

みたいに、「いまいま」という言葉も遣っていますね。「現時点では」みたいなニュアンスを強調してるんだと思う。たぶん。でもこれも、「いま」でいいような気がしないこともない。


■もうひとつ気になるのが「予算感」「スケジュール感」で、

予算感が見えてきたら、企画の方向性も決まってくるんですけど」

スケジュール感がつかめてきてから、改めてお返事いたします」

みたいな云い方をするお侍さんが少なくないのですが、感ってなんだよ。いや、「だいたいの予算」「おおまかなスケジュール」みたいな意味だろうけども。


■ま、「おれは仕事してるんだぞ、おれは仕事してるんだぞ、おれは仕事してるんだぞ」と周囲にアピールするための、あるいは自分に言い聞かせるためのおまじないの一種なんでしょうなあ、と思わないこともないし、こういう言葉って自分にもいずれ伝染するんだろうなあとも思うし、一日に880kcalってのはさすがに少なすぎるよなあとも思います。


■ものがない


■そろそろ、アンチ断捨離を唱える新書が発売されたり、『SPA!』で「断捨離しすぎて失敗!」みたいな記事が後半のモノクロページで組まれたりするんだろうか、と考えることもあるのですが、先日45秒ほど立ち読みしたこの本は軽い衝撃でした。著者の仕事場の写真が載ってるのですが、

ほ ん と に も の が な い…。( ;゚д゚)

ものがないオフィスといえば佐藤可士和敬称略が有名ですが、それを上回るもののなさです。

佐藤可士和敬称略の場合は「オフィスを効率よく機能させようと追及していったら、ものが減った」という感じですが、この本の著者は、「ものを捨てるのが好きだから捨てた」みたいな感じです。


■で、この本、一瞬買おうと思ったけど、やっぱり買わなかった。

というのも、正直、ちょっとまがまがしい何かを感じてしまい、負の影響を受けそうだったから。

(あと、この人の描くマンガがあまり好きではないから。)

ある種の人々が、ものへの執着を断ち切れず、部屋をもので埋めてしまうように、この本の著者も「もののなさ」に執着しすぎてるような…。

って、45秒ほど立ち読みしただけなのに、偉そうに感想を述べてすいません。


■先週末の歌舞伎と、歌舞伎のテレビ


■先週の土曜日は、新橋演舞場で歌舞伎を見に行ってきました。夜の部。


■『寿式三番叟』は、やはり鷹之資に目が行きますね。『実盛物語』は團十郎の「人の良いおじさん」の感じが印象に残ってます。


■最後の『浮世柄比翼稲妻』ですが──

「後半の、吉原仲之町の場(鞘当)がちょっと気になった。なんというか、“華やかなのに地味”という謎の質感を獲得してしまったように感じられた。

前半に出てきた花魁道中が華やかだったから、あるいは、今月の銀座や国立劇場や浅草の舞台が華やかだったから、相対的に地味に見えてしまったのだろうか。

言葉は悪いが、スカスカな感じが、舞台上に少なからず漂ってたように思う」

と、うちのアパートの近くに住んでる野良猫が申しておりましたが、おれもだいたい似たような感想です。


■で、翌日の日曜日は、録画しといた藤間勘十郎の『情熱大陸』(1/9放送)を見て、亀治郎の『ウチくる』を見て、富十郎の特番を前半だけ見て、後半は録画しました。

情熱大陸は、新橋演舞場を見に行く前に見ておけば良かったかもしれない。

特番の富十郎は、『勧進帳』('09年5月歌舞伎座)の弁慶をやってたんだけど、セリフが聞き取りやすかった。

これに対して演舞場では、鞘当での橋之助のセリフは聞き取りづらいなー、と思ってた。

(というか、「いまでは聞き取りにくいセリフを発する役者が普通になってしまった」みたいな話をどこかで読んだことがある。)



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