■2017/8/11〜20は夏休みで沖縄です。14〜16は石垣島、と思いきや意外に宮古島。


■gocoupのシングル今秋完成予定です。

■gocoup「少年タルホと極光ウサギ」近日發賣


文学少年に恋しない科学少年の為の4曲入りE.P.。

発見されなかった数式に、観測されなかった新星に、

記録されなかった現象に、発明されなかった機械に捧げる電子音楽。

来れ、科学の時代、20世紀!

少年タルホと極光ウサギ

帝都の誇る電子音楽レーベル<gocoup>の第12作品。
電子音のパルス的シークェンスやアナログ式シンセサイザーが發するグリッチ等で構成された、
懐かしくなんかないモダンな一千一秒+α。



タイトル:少年タルホと極光ウサギ
ユニット名:gocoup(ゴクウ)
レーベル:gocoup(ゴクウ)
フォーマット:CD
規格番号:gocoup.1002
当初予定されていた発売日:2012/12/12
予価:1212円(税込)
JANコード:4580294570107


01.
チョコレット彗星、突如







02.
パリ、戦前、科学[タルホノヒカリ(α)]
広告
ブエノスアイレス、降水、琥珀[タルホノヒカリ(β)]








03.
亡き王子のための







04.
極光ドロップス(ゴクウ博士の非破壊検査による)





■gocoup.1002 圖案


241228_gocoup.1002.web.png


■gocoup.1002に関する(続々々)


10
■しかし、夜の散歩を楽しむにはうってつけの気候だったので、スターリィ・ナイトに火を点け、乳白色の煙を吹かしながらそのまま歩き続けた。

十分ばかり歩いた頃だろうか、それこそ倫敦のような濃い霧が俄かに立ち込めてきた。そろそろ帰ろう、という考えが頭をよぎるが、ここで帰ってしまったら何かを見逃してしまうような気がして、夜霧の中の散歩もまた一興、と自分に言い聞かせて先へ進んだ。


■さらに五分ばかり歩いたところ、煌々と灯りを放つショウ・ウィンドウが霧の中に浮かんでいるのが目に入ってきた。飲み屋ではなく、宝石店か画廊か高級なケーキ屋のように見受けられた。あたりは人通りも無く静かな一角で、この店以外はみんなもう閉まっていた。

近寄ってみて眩しいばかりの大きなウィンドウを覗き込むと、さして広くはない店内はまだ完成しておらず、空の棚がいくつかあるだけだった。

店内には、ホテルのドアマンだかベルボーイだかのような身なりの、様子のよい十二三歳の少年三人が、この真夜中近くに大きなダンボールを運んだり絵図面を広げたりしながらなにやら話し合っている。なんの店だかまったく見当が付かない。そもそも店なのだろうか。

ふと店の入り口である重厚なドアーの上に架けられた看板を見ると、そこにはなんと

<gocoup's candy store>

と品のよい書体で記されているではないか!



11
■小僧さん、と呼ぶには似つかわしくない少年たちに、いささか気後れしつつ声をかけた。

「君達、このお店は──」

一人が返事をした。

電子音楽レーベルの<gocoup>が開発した、新しい飴玉を売る店です」

「飴玉?」

「ええ、gocoupのM氏がヴェネツィアの研究所と共同で開発した、耳と舌で味わう飴玉です。ひとたび口中へ入れますと聴覚に直接作用して頭の中に電子音楽が鳴り響くのです」

「真逆」

別の少年が4粒の飴玉が入った包みを手渡してきた。

「お試しになりますか」

その包みには、gocoup.1002と記されていた。gocoupの新作は、レコード盤ではなく飴玉だったのである! gocoupのM氏に一杯食わされたような気分になった。世界公演の日程を取り消してまで、新作の発売を延ばし延ばしにしてまで、こんな戯事にかまけていたのだろうか。


■差し出された飴玉4粒は、橙色、銀、水色、ペパーミント・グリーンで、どれも綺麗に透き通っていた。中にラメのような細かい粒が幾らか含まれている。半信半疑でペパーミント・グリーンを口に含んだ。そうしろと云われた訳ではないが、自然に目を閉じた。口中に、まがい物ではないちゃんとした薄荷の味が広がる。

しばらくすると、実に奇妙なことに、私の頭の中に電子音らしき音で構成された音楽が鳴り響き始めた。そしてその音楽は果たして、T氏より贖ったルクセンブルグ産のレコードに録音されていた4曲目とまったく同じであった。と、感ぜられたのは、バレヱ帰りのトスカーナ産の飲み過ぎによるものなのだろうか。


(了)

──────





──気は済んだか? (゚д゚ ) (゚д゚ ) (゚д゚ )


はい、済みました。( ・ω・)ゞ



■gocoup.1002に関する(続々)


発売延期に次ぐ発売延期を繰り返し、発売前から廃盤になったとも云われる東都の電子音楽レーベル<gocoup>の新作。内容もタイトルも一切不明で、gocoup.1002というその規格番号のみが伝えられている。



7
■霞町に住む英国人の蒐集家から、T氏はgocoup.1002と思しきレコードを譲ってもらった。T氏によると「まァ海賊盤ではあるが、極めてマスター・テープに近い状態の音源」だという。

T氏は使い古されてぼろぼろになった黒く大きな鞄から、曰くありげなパラフィン紙の包みを取り出した。


■ガサゴソ云わせながらパラフィン紙を解くと、何も書かれていない藍色のザラザラした紙のスリーヴに入ったレコード盤が出てきた。そのレコードのレーベルにはごく小さな活字で「gocoup.1002 MADE IN LUXEMBOURG」とだけ記されている。溝の模様から判断すると4曲入りのようだ。


■三杯目のジョッキを傾けながらT氏が語るには、先の英国人蒐集家R氏が商用でデンマークに訪れた際に小さな港町の骨董屋で仕入れたものらしい。

「Rさんから二枚買ったので、良かったら一枚お譲りしますよ。廉くはできませんがね」

飛び切り上等な二人前の洋食が三回食べられるだけの額を支払った。T氏は一風変わった人ではあるがペテンを働くような人ではない、ということもあるし、真贋定かでないレコードに大枚叩く酔狂な自分を演じてみたかった、ということもある。そして何より、gocoupの新作が一刻も早く聴きたかった。



8
■帰宅して早速レコードを再生した。未来派めいた清冽な電子音がスピーカーから流れてくる。海賊盤にしては音質は惡くなかった。しかし、肝腎のところはどうなのだろう。この音楽は、gocoupといえばgocoupだし、gocoupでないといえばgocoupでない。はたして、これは本当にgocoupの新作なのか──



9
■それからしばらく経った十一月の晩、帝劇でバレヱを観た。いつもなら観劇の帰りはすぐに市電に乗るか自動車を拾うかしてまっすぐ帰るのであるが、十一月にしては暖かく気持ちの良い雨上がりの宵であったので、一寸遠回りをして裏通りにある新装開店のカフェーに立ち寄り、普段飲まない葡萄酒を飲むことにした。舞台の余韻も手伝って杯が進む。

多少飲みすぎた心持になって店を出て表通りに戻ろうとしたが、普段足を運ばない道であるし、酔っていることもあり、あっさりと迷子になってしまった。はて、吾は何処に在りや。




──────



──なあ、まだ続くのか、この芸風の作文は……(゚д゚ ) (゚д゚ ) (゚д゚ )


すいません、もうちょっと続けさしてください。( ・ω・)ゞ



■gocoup.1002に関する(続)


4
■「フル・アルバムにも関わらず総演奏時間はわずか17秒」「いや、レコード24枚組みの大作である」「第一次大戦以前に製造された電子楽器のみで演奏されている」「ただ、波音と象の啼き声が入っているだけだ」「存在しない活動写真の為の伴奏音楽らしい」「電子音楽が量子重力の変換解釈学との境界を侵犯した問題作」「すべての高等学校の化学準備室に捧ぐべき傑作」等々巷間に噂されるもいっこうに発売されない東都の電子音楽レーベル<gocoup>の新作は題名すら発表されておらず、ただgocoup.1002という規格番号のみが伝えられている。

当のgocoupのM氏も、件のミュンヘン講演以降は公の場で発言をしていない。



5
■電子音楽愛好家の特徴は、オペラやタンゴのそれよりも明確である。食べ物にうるさく、本をたくさん読み、神経質である。夏を好まない。そして、大概は肥っているか痩せているかしていて、中間の者が少ない。

日本橋のMデパアトの大食堂でT氏と会ったのは八月か九月の土曜日の午後であった。いつも紺色の着物と鼠色の袴で現れるT氏は電子音楽に精通した事情通であり、よく肥っていた。


■久しぶりに会ったT氏もまた、多くのgocoup愛好家がそうするように、gocoupの新作が遅延している件をまるで我が事のように嬉しそうに憂えてみせた。

恰幅のよいT氏はジョッキの生ビールを飲みながら、酒肴代わりのつもりかオムレットをアッという間に平らげ、すぐさま給仕にカレーライスにカツレツを乗せて持ってくるよう命じた。

サンドヰッチと珈琲だけの私が、生命力の弱い仔犬か何かに思えてくるが、それはさておきgocoupの新作が遅れに遅れている件をT氏に訊いたところ、次のような回答が得られた。

「それはですね、彗星、ほうき星の運行が関係しているのです! このキネオラマのような宇宙を、土星のハイカラな輪っかのあたりからやってきたゼンマイじかけの赤くて大きなほうき星が地球とお月様の間をちょうど通過していましてね。それが地球上の時間の流れに作用して、gocoupの新作を遅らせt


■こういった、タルホ的記号を羅列して悦に入ることを、私は余り好まない。

よく食べよく飲むT氏に付き合ってつい頼んでしまったクリームソオダのアイスクリームをストローで攪拌する作業に私は集中し始めていた。gocoupの音楽もT氏も、どこか夢見がちなところがある。プラタナスとガス燈が立ち並び星が瞬く清潔な都会の夜だけが世界ではあるまい。



6
■しかし、さすがは事情通のT氏。一通り発言の中に自分のタルホ的語彙を混ぜ込むだけ混ぜ込んで満足すると、扇子を仰ぐ手を急に止めてこう続けた。

「実は、そのgocoup.1002を手に入れましてね」


■gocoup.1002に関する



1
■東都を代表する電子音楽レーベル<gocoup(ゴクウ)>が昨年、神戸をはじめ、サンクトペテルブルグ、モスクワ、ブリュッセル、ジュネーブ、ウィーン、レイキャヴィク、ブエノスアイレス、リオ=デ=ジャネイロ、東京の各都市を巡る世界公演の全日程を直前になって唐突にキャンセルし、日本のみならず海外の電子音楽界においても大きな話題となったのは、いまだ記憶に新しい。

まがりなりにも文化欄を持つ新聞各紙はこぞって、すわ、gocoup活動終了かと書き立てた。「歌舞伎評論家に鞍替え説」をとなえた新聞もあった。なかにはこれ幸いとばかりに、gocoupの露骨な悪口を有ること無いこと交えて書く者もあり、この風潮はアンチgocoup派の書生どもを色めき立たせたが、本年になってgocoupの新作が発売されることが改めて報じられると、書生どもは再び西洋から輸入された電子音楽のレコードをきいた風な横文字で褒めたたえる作業、ならびに、自分で作った作品を友人と交換し合ってお互いに褒めあい、お互いに自我の藝術家的な部分をいたわりあい、お互いの境遇を慰めあい、自分が自分で決めた締め切りに追い立てられる振りをする作業に戻った。


■「電子音楽屋をたたんだ後は、おおかた歌舞伎評論の真似ごとでもやって糊口をしのぐつもりだろうが、所詮はお猿の印の電子音楽レーベルのやること。どうせ劇評も猿真似作文の域を出まい」。京都第一日報の文化欄にそう執筆した同紙東京支局のF記者がたまたま立ち寄った銀座のカフェーにおいて、たまたま居合わせたgocoup主宰者のM氏にたまたまそこにあったARP2600で殴られるという電子音楽的な意趣返しを受けたのも読者諸賢の記憶に新しいところだ(どういうわけか、この騒動の一部始終は何者かによって撮影されており、YouTube上で閲覧できる←現在は削除された模様)。



2
■哀れな記者の失われた前歯の行方はさておき、東都を代表する電子音楽レーベル<gocoup>は本年発売するはずだった新作を、しかし、いまだ発売していない。すでに今年も師走である。今夏、gocoup主宰のM氏はミュンヘンの美術館で行われた講演のあと、新作の発売遅延に関して質問した聴衆に対して「今の時代は、どう考えても暦の方が早すぎる」と一言答えたのみで、この件に関してはそれ以上のステイトメントを発していない。

果たしてgocoupの新作は今年中に発売されるのか。来年に持ち越されるのか、あるいは永遠に延期される/され続けるのか。そもそも完成しているのか、完成すらしていなのか。電子音楽愛好家ならずとも注目の集まるところである。



3
■日本ではあまり知られていないことであるが、先頃ストックホルムのラジオ局が、我が国においても極めて情報が少ないこのgocoupの新作について僅かながら報じた。そこで、多少ではあるが瑞語の心得のある筆者が、同ラジオ局で流された放送の録音を日本語に手短に訳し、以下に掲示する。


●本作は'08年8月8日に発売された「少年タルホと水銀ウサギ」の続編である。

●制作は、'10年より極秘裡に進められていた。

●当初は'10年8月8日に発売予定だったが、'10年10月10日に延期され、さらに'11年に持ち越され、幾度かわからないほどの発売延期を繰り返した(その間に、gocoupからは別に複数の作品が発表されている)。

●さらに、最終的な発売日は'12年12月12日に決定されたが、その日付を過ぎてもなお発売される気配がない。

●音源のマスタリングはすでに完了しており、一部の都市ではすでに海賊盤が出回っているとの情報がある。

●その一方、マスターテープを紛失しており、音源が現存しないという情報もある。

●この作品には、gocoup.1002という規格番号まで割り振られている。しかし、完成しないうちから廃盤になっている可能性もある。

以上である。これ以外のことは明らかになっていない。

ちなみに、このストックホルムのラジオ局は、この報道から一週間もたたないうちに放送免許を剥奪され、突如放送停止に追い込まれた。その理由は公にされていない。


■小学校の靴箱にあった落書き


■さて、民主主義の真似事は楽しかったかね諸君。半蔵商店でございます。


■そんなことよりさ、こないだ電話で弟から聞いた話が面白かった。

弟が小学生のころ、小学校の靴箱に

241217_barbapapa_1.jpg

という落書きがあったそうです。これ聞いて、まともに息ができなくなるくらいめちゃめちゃ笑いました。え、面白くないですか。おれは面白いと思うんですけど。

だって、靴箱に、唐突に、

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ですよ。なんでこれを書こうと思ったのか。そんなにも、あんなフランスの生物兵器が好きなのか。

■ちなみに、サイズは横幅30cmくらいだったそうです。おれが通ってたころにはなかったな、こんな落書き。



(以下、12/18追記。)
弟には、「前もこの話で爆笑してたよね?」と呆れられました。


■スーパーで売ってるシーザーサラダについてる小袋のドレッシングの量が少ない、他


■近年、地方の吉本(大阪、札幌、福岡等)から東京吉本に移籍してきた、40にも手が届こうという高齢若手芸人をちょくちょくライブで見るんだけど、これはどういう事情によるものなんだろう。

地元で売れないからしょうがなく東京に出てきたようなのもいるにはいるけど、そのまま地元に残ってればローカルタレントとして普通に売れてたはずなのに、という人もいたりして、もったいないと思う。

それはさておき「どんぴしゃ」は面白いです。


■人は、情報それ自体よりも、「情報が次々と流れていくさま」を眺めるのが好きなんじゃないだろうか、とたまに思う。


■情報収集、という言葉は、パソコンやスマートホンを新しく買い換える自分への言い訳としてとして、あるいは電車の中で美しくない姿勢で薄笑いを浮かべながらスマートホンをいじる自分を正当化する言い訳として、あるいは就業時間中にだらだらとインターネットして仕事をサボる言い訳として使われがちだけど、これだけ情報があふれすぎてる時代には「情報収集=善」ってわけでもないよね。

これからは情報に淫するのではなく、情報を遮断する技術だか態度だかの方が大事になってくるのではないか。っていうのはまあ、よく云われることではあるけれど。

そもそももうこれ以上情報収集したってもう何も変わらんわ。

ともたまに思う。


■混雑してる朝の渋谷マークシティの中をジョギングしている白人のおっさんを見かけた。なんでわざわざこんなところで……。戦勝国だからって調子乗んなよお前。って何人かは分からんけど。


■保坂和志の小説(だったと思う)の中に、「スーパーで売ってる一人前の寿司って、明らかに一人前に足りない量だよね」みたいなセリフがあった(と記憶している)。

おれは、スーパーで売ってるシーザーサラダについてる小袋のドレッシングの量が少ないと思う。後半、かなりの確率で「ドレッシング足りないなー」という思いを抱きながら食べすすむことになる。まあ、ドレッシングはドレッシングで買えってことですかね。


■DAW用、ネット用、とPCを使い分けるのをやめた件


■冬って迷惑ですよね。さっさと春になればいいのに。半蔵商店でございます。


■さて、拙僧はDAW専用機というかDTM専用機というか、まあようするに音楽制作用に買ったパソコンを持っていたのですが、音楽制作用とそれ以外の用途とでPCを使い分けるのをやめることにしました。

で、音楽もそれ以外も一台のPCで済ますことにしました。


■いままでは、音楽制作用にはデスクトップ機('09年購入)を、ブログ執筆やエロ動画の収集、エロ動画の閲覧、エロ動画の整理、エロ動画の保存といった日常的な用途にはノートパソコン('11年購入)を、と2台のPCを使い分けていたのですね。

で、このデスクトップ機とノートパソコンは、下図のように「切替機(KVM)」というキカイを経由して、23インチのモニタにつないでました。つまり、23インチモニタに、あるときはデスクトップ機の画面を、あるときはノートパソコンの画面を映し出すことができるわけです。画面はKVMのボタンを押すことでパッと切り替わります。

ちなみにKVMにつなぐことによって、モニタだけでなくキーボードとマウスも2台のパソコンで共通して使うことができます。

PC環境(12月まで)

(※この図ではノートパソコンが開いてますが、実際は常に閉じた状態=クラムシェルで使っていました)


■ですが。ねえ。やっぱり面倒なんですよ。パソコンを使い分けるって。

KVMのボタンをプチプチ押しながら、2台のパソコンの画面を行ったり来たりするのは、どうも手間だ。あと、データの移動とかも。

そもそも興が乗らないときは、デスクトップ機の電源を入れることすら億劫になるからね。

億劫なら最初からオンガクなんて作るなって話ですけど、そういう「興が乗らないときにどう進めるか」ってのが大事な気がしましてね、最近、ええ。

素材を2秒分だけとかでも、日々チマチマ作っていきたいんですよね。


■あー。もちろん、調子良いときだけを狙って集中的にパパッと作る、という考え方も好きです。というかそっちのほうが断然好きです。でも人間そうそう調子良いときばかりじゃないしさ。そもそもチマチマ作るにしろパパッと作るにしろ、KVMのボタンを押して画面を切り替え、みたいな余分なプロセスは省けるものなら省いた方がいい。

あと、パソコン2台より1台の方が電気代が安くつく。笑



■くわえて、このデスクトップ機の、XPで2コアで3G強で、SSDでなくHDD、というスペックが時代遅れになってしまったのですね(というか、買った時点ですでにやや時代遅れだったんですけどね)。


■ということで、もう音楽制作PCと日常用PCを使い分けるのはやめて、一台のPCで済ますことにしました。

ということで、新しいノートを買いました。今月からは、以下のような体制で行きます。

PC環境(12月より)

うん、だいぶすっきりしますね。少なくとも、この図の中は。笑

新しいノートは、CPUはi7でメモリは16GBで、SSDも2ヶ乗せてます(先週届いて、まだ電源すら入れてないのですが)。


■ちなみに、古いデスクトップ機は日曜日の夕方に業者に引き取られていきました。合掌。

で、古いほうのノートはi7で8MBでSSDで、という、予備PCとして待機させておくにはもったいないスペックだったので、弟に5万円(分割払い)で売ることにしました。弟も、6年前に買ったノート(OSはVista←古語)がもう限界らしいので。


■カセットが取り出せなくなった件


■ええ、カセットテープをPCに取り込もうとしたんですよ。

拙僧はサンスイというメーカーの、ちょっといいカセットデッキを持ってるんですね(ちなみに型番はd-α7)。で、電源を入れて、本体正面からにゅーっっと出てくるトレイにカセットをセットして(フロント・ローディング式っていうんですか。高級っぽいやつなのです)、トレイを指で本体に押し戻したんですね。カセットは無事に本体に吸い込まれました。

が、その直後。

カッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッという異音がして、デッキの液晶画面がすべて点滅しはじめたんですね。あからさまなエラー表示です。

カセットは再生も巻き戻しもできないのはもちろん、取り出すことすらできなくなりました…… (´д`;)

なんど電源を入れ直しても、デッキはカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッ→液晶画面点滅を繰り返すばかりです。


■さらにファッキングなことには(←直訳風)、このカセット、テイトウワの『Haircut Museum Against The Coffee』というけっこう珍しいやつなんですね。

で、このカセット、数年前に買って一度も聴いてなかったのですね。

もうデッキごと分解してテープを取り出すしかないんだろうか…。


■正直云うとこのデッキも、数年前に中古で買って一度も使ってなかったんですよね。買った直後に試運転として何かのカセットをちょっとかけたくらいはしたかもしれないけど、まあ、数年間ほったらかし。

機械も人の子ですから、ちゃんと定期的に目をかけてやらないといけませんね。

しかしどうしよう、このカセット……。聴かずじまいになるのか。


■十八代目


勘三郎の記事を読むため、昨日と一昨日は珍しくスポーツ新聞とタブロイド紙(と書くと一瞬かっこいい感じがするけど、ようするに夕方の地下鉄でおっさんが読むやつね)を何紙か買いました。

昨日のスポニチは、古い写真もたくさん載っててよかった。

しかし東スポを二日続けて買うなんて初めてだな。


■gocoup.1002


241204_taruho.jpg


■gocoup「霜月、時雨、子鹿、酸素」配信開始


霜月、時雨、子鹿、酸素

1930年代にコペンハーゲンの小さな出版社から出版されなかった存在しない絵本のための発売されていないサウンドトラック盤に収録されていない本作「霜月、時雨、子鹿、酸素」は、'60年代の東独の非・国営放送局で放送されなかった架空の児童向けテレビ映画の劇中劇のエンディングテーマに採用されないことを意図せず作曲されなかった。


幾何学的とは別に呼ばれたがってはいないミニマルなメロディが、「あるいはメロディそれ自体が反復する」と誰かに書かれたいわけではないが反復して、その音色と同じ音色あるいは同じではない音色あるいは異なる音色あるいは異ならない音色によるフレーズが重なり、あるいは重ならない。


いずれにせよ、子供の頃に観た児童映画や読んだ絵本の一場面に執着し、かつ、長じてからもその一場面を思い出そうとしてうまく思い出せないことを楽しむことを期待する故にある種の執着がさらに増すこととは無関係に「霜月、時雨、子鹿、酸素」は作曲され、マスタリングされ、ファイル化され、gocoup.comにアップされ、あなたに聴かれていない。


むしろ、我々の方こそが児童映画や絵本に思い出されているということはないだろうか。あるいは、いまだ観ていない児童映画やいまだ読んでいない絵本に待たれているということは。

制作には、テノリオンの廉価な方の機種と、Windows機を用いた。






↑なにを書いてるんでしょうか、おれは。

といった意味も含めまして、本日2012年11月30日の深夜、東京の電子音楽レーベルgocoup(ゴクウ)はこのたび新トラック「霜月、時雨、子鹿、酸素」の配信を開始いたしました。


「霜月、時雨、子鹿、酸素」アートワーク
タイトル:「霜月、時雨、子鹿、酸素」
ユニット名:gocoup(ゴクウ)
レーベル:gocoup(ゴクウ)
フォーマット:ファイル(wav/mp3)
規格番号:gocoup.000
発売日:2012/11/30



ほんとはgocoupの第11作品ということもあって、11月11日に配信したかったのですが、それはさておき。

このエントリを書いてる現時点では日付が変わってすでに師走なので、いまさら「霜月」もないだろう、とおっしゃるお侍さんもいるとは思いますが、いちおう十一月に作ってた曲ということでよろしくお願いいたします。この場合のよろしくお願いしますとは「聴いてみてね」ってことです。どうぞよろしくお願いいたします。

ちなみに無料です。前々作前作に引き続き、コンテンツに適正な対価を支払う喜びを提供できなくて引き続きすいません。そういえばgumroadって最近どうなってるんだろう。