■2017/12/29〜2018/1/4は冬休みで沖縄。

■gocoupのシングルは2018年に持ち越し。

■こちらもぜひ。
https://soundcloud.com/hanzo_tv/

■三十一、三十二


■32歳の男は、31歳の男を「自分と同世代の人物」だと思っている。


■一方、31歳の男は、32歳の男を「おっさん」だと思っている。


■不思議だよね、人類って……(←ものすごく雑なまとめ方)。


■書類がなかなか来ない


■もう日付が変わったけど今日(3/28)は、会社で先輩と、某所から届けられる予定の、とある書類を待ってました。

まあだいたい夕方ぐらいに、そのとある書類は届けられる予定だったんだけど、5時になっても書類が来ない。



6時になっても書類が来ない。( ・ω・)



7時になっても来ない。(・ω・ )



■まあ、それっくらいの待ち時間は誤差の範囲内なので、先輩とYouTubeで変な動画を見たり、お菓子をつまむなどしてたのですが。



8時になっても書類が来ない。( ・ω・)



9時になっても書類が来ない。(・ω・ )



まあ、先方も書類を仕上げるのに時間がかかってるのかもしれない。電話で催促してもいいんだけど、急かすようなマネもあんまりしたくない。



■このへんで、先輩が腹が減ったと宣言したので、いっしょに近所の中華人民共和国料理屋に行くことに。

そして中華人民共和国料理を食べ、会社に戻ってきたのが夜の9時半。まだ書類が来ない。




■しかし。夜の10時になっても書類が来ない…。( ;・ω・)

直訳風に云うと「いいえ、夜の10時になったにも関わらず、その書類はまだ届いていません」という状況だし、そもそも直訳風に云う必要がない。

そしてついに夜10時45分。しびれを切らした先輩が、ついに先方へ催促の電話をかけたところ、

「えっ、書類をお送りするのは今日じゃなくて明日の予定なんですけど……」(゚д゚; )

とのことだった。


■ようするに、先輩とおれが日付を一日間違えて、明日の予定を今日だと思い込んでて、来ない書類をえんえん待ち続けてたわけですね。
'`,、('∀`) '`,、


■寝る。


■久しぶりに神保町『ランチョン』に行ってはみたものの、


■数日前、読んでた本に神保町『ランチョン』の話が出てきました。神保町好きの人類ならみんな知ってる、ビヤホールというか洋食屋というか、そんなお店です。

おれは三回くらいしか行ったことはないのですが、以前、神保町に古本屋めぐりに来たとき、手始めにちょっと腹ごしらえするつもりでランチョンに入って、食べ過ぎ飲み過ぎで眠くなって古本屋には行かず帰ってしまった、ということはあったのですが、そういえば最近行ってないなあと思いまして。

で、久しぶりに行きたくなったんですよ。ランチョン。

で、昨日行ってきました。


■で、久しぶりのランチョンは…。

店に入って、まず、普通のビールと黒ビールのハーフ&ハーフを頼んだんですね。そしたら、これが、なんか水っぽい。薄い。飲んでるうちに、久しぶりに会った知人に親しく声をかけたら冷たくされたみたいな気分になってくる。こんな味だっけ? 泡も弱かったような。

で、メンチカツを頼んだら……普通。具の旨みもあまり感じられない。かかっているデミグラスソースもたいしておいしくない。つけあわせのカラシを駆使して、どうにか乗り切った。これで千円ってのは、神保町価格としては普通なのだろうけど、これだったら、うちの近所のスーパー「ライフ」の惣菜コーナーで売ってる冷え冷えのメンチカツ(百円)のほうが好きだ。

で、レーベンブロイなるビールを発注したら……ペットボトルのブレンド茶を発泡性ミネラルウォーターで薄めたような味。これはそういう飲み物なのか。うまくないので、半分以上残した。

で、ビーフパイを頼んだら、味付けはちょっと薄いけど、これはまあ美味しかった。衣のはじっこの部分もうまい。

しかし、ビーフパイの下に紙を敷いている意味がよくわからない。食べ進むうちにグジャグジャになってきて、ちぎれて、最後は紙の切れ端だかビーフパイの具の一部だか分からなくなってきて気持ち悪い。


■さて、まとめ。昔は知らんが、西暦2011年3月現在のランチョンってのは要するに、

(1)神保町という観光地に、地方からやってきた観光客のためのレストラン。

(2)“都内在住おのぼりさん”が、都心の街歩きをするため、あるいは、都心在住者の生活を追体験するための装置。

(3)「神保町好き」を自称する人が、その自己像を補強するためにやってきて、「ランチョンにいる自分」に酔うための装置。

(4)作家や文化人のエッセイに出てくるから、という単純な理由でノコノコやってくる単純なやつに、それっぽい飲食物を提供する装置。

なのであろう。おれは(4)か。あー、あと、「60歳以上の人類の小集団による食事会会場」という機能もありますな。


■拙僧は、寺いちばんの正直小坊主でありますから素直に書いてしまいますが、この店をエッセイにとりあげる文化人も、この店をブログのネタにする素人さんも、おまえらみんなランチョン褒めすぎ、ってのがほんとのところでございます。


■ちなみに上記の品々を飲み食いして三千円ちょっと。高いか安いか。

で、満腹ではあったが、精神的にはなんか物足りなくて、階下にあったカレー屋に入って、カレーをライスにかけたカレーライスという料理を食べました。以上。

# 二回続けて食べ物屋の悪口エントリですいません。


■ハンバーグ入りとんかつ


■先日、渋谷のとんかつ屋のメニューに、

「ハンバーグを挟んだ特製とんかつ!」

というのを発見したので頼んでみました。


■ほら、ハンバーグって、ポップでキャッチーな、あらゆる年齢層の民衆から幅広く支持される大人気コンテンツじゃないですか。

それが、とんかつというこれまたゴージャスな、もう、がっちり視聴率の獲れる国民的コンテンツと同時に楽しめるとなっちゃあ、まあ発注しますよ。したっていいじゃないですか。

そしたら数分後、ハンバーグ入りとんかつ(外見は普通のとんかつ)に、デミグラスソース(だったと思う)がドロリとかかってる物体が運ばれてきた。この見た目からイヤな予感がした。とんかつの衣にデミグラ(略称)。もう、間違ったものをかけたという感じ。なかなかの異物感。


■で、食べたら、そのビジュアルの通り、まずかった。

ハンバーグととんかつという豪華二大スタアの共演は、両雄並び立たず、という感じだった。

'99年にやってた「タケシムケン」というテレビ番組ぐらい両雄並び立たずだった。

それと、デミグラスソース(と決めつけて話を進めます)は、とんかつの衣に合わないと思った。

やはりハンバーグととんかつは、別々に食べた方がおいしい。


■まあ、こんなメニューを考える店も店だが、頼んでしまうおれもおれだ。

しかし、こういう「ひねった」メニューで失敗すると、スタンダードなメニューで失敗するより傷が深いですね。「なんで被害を最小限に食い止められなかったんだ!」という感じで。


■仮でやってる


なんかさー、平成って、“仮”でやってる感じしない?

昭和に比べて本気度が薄いというか。

──なんだ? 本気度って…。(゚д゚ ) (゚д゚ ) (゚д゚ )

なんか暗いニュース多いしさー。バブル崩壊の平成3年からこっち、景気もほとんど悪くなる一方だしさ。

たまにYouTubeで昭和のCMなんかを見てると、極端な話、昭和が“この世”で、平成は“あの世”という感じすらしてくる。

──そうですかね…… ( ;´д) ヒソ (´д`) ヒソ (д`; ) オレハオモワン

平成も、早く本気出してほしいものです。

──だから、その本気とはなんなのかと。(´д` ) (´д` ) (´д` )


■とんかつ屋は、地下一階にある


■とんかつ屋って、なんか、地下一階にあることが多くないですか。


■いや、正確に数えたわけでもないし、「とんかつ屋は地下一階にできやすい性質がある」といった科学的データがあるわけでもないし、いわゆる“あるあるネタ”ともまたちょっと違うんだけど、とんかつ屋は地下一階に多い、というイメージがあるな。なぜか。


■三月大歌舞伎 夜の部 新橋演舞場 3/13


■浮舟

舞台は平安時代だが、描かれている恋愛観と云うか結婚観と云うか、そういうものは昭和28年(※初演当時)の感覚のような気がする。

昭和28年という時代を考えると、薫大将と匂宮の関係は、「日本式 vs アメリカ式」あるいは「戦前風 vs 戦後風」のように、戦後の日本人どうしの間で生じ始めていた、物の考え方のズレを象徴してるのかもしれない(すいません、適当なこと云ってます)。

「結婚するまではニャンニャンしない」という薫の考え方は、平安時代なのにキリスト教っぽい。

匂宮は、浮舟の体を求めていたというのもあるだろうけど、同時に、「薫を出し抜いたという証明」を一刻も早く手に入れたい、みたいな欲求もあったように思う。おれの主観ですけど。

浮舟が、「自分は大君の代わりではないのか」みたいに自我に悩むとこは、なんかありがちだなーと思ったけど、昭和28年には新しかったのかもしれない。

まあ強いてまとめると(まとめなくてもいいんだけど)、薫のようにオクテすぎる、優等生すぎるのもいかん、ということですね。違うか。あるいは、抽象的な観念ばかり追い求めすぎるな、とか。

しかし、いろいろと救われない話ですよね、これ。主要な登場人物が誰も幸せになってない…。

あと、一月浅草、二月銀座に続いて、ここでもドドスコスコスコが。流行ってますね。

それにしても「楽しんご」って、「すぐに消費されて忘れられてしまうピン芸人枠」に自らすすんで飛び込んでいってる感ありますよね。副業をしっかり持ってるがゆえの強みかもしれませんね。話がそれてますね。


■筆屋幸兵衛 (『水天宮利生深川』)

子役二人の演技に全米が泣いた。アラスカもハワイも泣いた。それっくらい全米。

──なんだよ、「それっくらい全米」って…。(゚д゚; ) (゚д゚; ) (゚д゚; )

幸四郎に元・貧乏侍という役どころは、似合ってるような似合ってないような。でもそういうギャップを楽しむのも芝居の楽しみの一つ、なのかもしれない。

途中、辛いシーンもあるけど、ハッピーエンドなので、良い。


■吉原雀

江戸の街を舞台とした舞踊ものは基本的に好き。なので、これも好き。


■この日の食事

演舞場に入る前に、東京駅近くで「インデアンカレー」を初めて食しました。


■のどが痛いです。('A`)


本文は無いです。


■ATARI 2600版の『パックマン』、他


■では沖縄シリーズ最終回。今回は、沖縄で手に入れたものを紹介します。


■米国版(←たぶん)ヴィックスドロップ

ヴィックスドロップ

東京のドラッグストアでヴィックスドロップ(日本語版)を買うと、20個入りでたしか300円くらいなんですね。ですが、この米国版(おそらく)は20個入りで120円。沖縄市の市場や商店でたまに売ってます。ちなみに日本のヴィックスドロップはタイ製ですが、こちらはメキシコ製。

余談ですが、近年、三月になるとノドの調子が悪くなる。なんなんだろうな。もっと買っておけばよかったなーヴィックス。


■ATARI 2600版『パックマン』

パックマン
▲ラベルかびてます

アメリカのゲーム機「ATARI 2600」用の『パックマン』のソフトです。別にATARI 2600本体を持ってるわけではないのですが、まあ紳士のたしなみとして買っておきました。普天間の、アメリカものを扱うアンティーク屋にて、105円。

で、いろんな機種に移植されたパックマンですが、ATARI 2600版のパックマンってどんなもんだろうとYouTubeで探してみたところ、見つかりました。

これ。

…………( ;'A`) ナンデスカ コレワ

技術的に、モンスター4匹を同時に表示できないのか、微妙な時間差でチラチラ映し出している。モンスターがものすごいスピードで分身の術を使ってるみたい。

「巣に逃げ帰るモンスター」の表現が、「目玉を意味する正方形二つ」って分かりにくくないか? そして画面中央に出てくるボーナスのフルーツ(動画の0:58)も単なる四角形というミニマルアートぶり。

これをパックマンだと思い込んであげるってのは、もはや慈善事業の領域だと思う…。

とはいえ、調べてみるとこのATARI 2600版パックマンが発売されたのは1982年。ファミコン本体やネーナの「ロックバルーンは99」が発売される一年前のことなんですね。その当時のゲーム機の水準からすると、これはこれで、まあ、こういうものとしてユーザーに受け入れられていたのかもしれない。というか、'82年当時のアメリカの一般家庭のテレビゲーム観なんて知らない。

いま思い出したけど、おれ、ゲームギア版のパックマンも持ってたな…。あ、ゲームボーイ版も持ってた気がする。


■Mrs. Freshleys社のクリームケーキ(ラズベリー味)

クリームケーキ(一)

クリームケーキ(二)
▲カセットテープとの大きさ比較(いまどきカセットテープ?)

伯母からもらったアメリカのお菓子。“ふ菓子”くらいの大きさのスポンジケーキの中に、クリームが入っている。かなり甘く、香料もきつめ。ちょいと体調悪めの日なら、たぶん負ける。口に入れるのをためらう。食べてもたぶん胃にもたれる。負ける。アメリカの菓子に負ける、ということはアメリカに負けるということです。

ところで、間違ってたらすいませんが、このお菓子、たぶん「トゥインキー」っていうアメリカ菓子にかなり近い仲間だと思うんですね。

で、Wikipediaによると、その「トゥインキー」にウインナーソーセージを挟んで缶入りチーズをスプレーしたものがアル・ヤンコビックの好物なんだそうです。近々アル・ヤンコビックに会う予定のある人は覚えておいたほうがいいと思います。


■ということで沖縄シリーズこれにて終了でございます。

あ、今回もまたA&Wのポテト食べてオレンジジュース飲むの忘れた。ここんところ行ってないなー。


■コザの夜は楽し


■ひきつづき、沖縄の話。


■たしかに、その全盛期である'70〜'80年代と比べるとコザは寂しい街になりました。いちいち全盛期と比べるなって話ですけどね。でもヒトは、どんな物事も全盛期の印象とか記憶とかを基準にして語りがちですからね。現在のコザがそういう云われ方をされるのは、まあ分かる。


■でも! でもですよ、コザの夜は楽しいのです。いい飲み屋が多いから。

ていうかさー、ついここ十年かそこらに切り開かれたような、人工的な、人の匂いのしない土地の、大駐車場完備の、だだっぴろい、大学生の騒ぎ声がうるさい、オリオンの発泡酒のジョッキが一杯280円ぐらいの、ファミレスの居酒屋版みたいな店ばかりで飲んでて楽しい?


■ということで、今日はおれが、コザでの正しい飲み歩き方をレクチャーしますよ。( `・ω・)キリッ

と思ったけど、けっこうな手間なので、今日のとこは止めておきます。すいません(でも、いつか書いてみたいです)(←いつかって、いつのことなんですかね)。


■そのかわり、先々週に飲んだ時のことを少々書きますと、ここいいですよ。もとは中央パークアベニューにあったのですがパルミラ通りに移ってきたお店です。居心地がすごく良いのですね。テーブル席とテーブル席が十分に離れていて、照明が落ち着いてて、ピザも美味い。

あと、このお店で初めて「ビールの桃ジュース割り」というものを飲みました(気に入ったので、その後、自分でも試してみた)。


■そして、くすのき通りにあった居酒屋「一本槍」が、昨年、一番街に移ってきました。一番街、という選択が渋いです。

今回は満席だったため(いまどきの一番街で「満席」という概念も珍しい)入れませんでしたが、また改めて訪れたい。


■園田の「'80年代MTVがよくかかってる/かけてくれる店」(名前を伏せる理由は別にないんだが、伏せる)にも久しぶりに行って、店内の大画面テレビでネーナの「ロックバルーンは99」をかけてもらいました。'80年代洋楽が特別好きって訳でもないんだけど、この店に来るとなぜか当時のミュージックビデオが見たくなる。謎だ。この日はその他に、Bronski Beat(よく知らない)とか、ハービー・ハンコック「ロックイット」とかがかかっていました。


■ちなみに、くすのき通りの居酒屋あるいはパルミラ通りの「500マイル」を一軒目にして、興が乗ったら、中央パークアベニュー近辺で一軒か二軒飲んで、酔い覚ましを兼ねて園田まで歩き(タクシーの場合もあり)、〆として上記の80年代MTVのお店に行く──というのが、おれのだいたいのパターンです。

その後、朝5時になって店を出たら、「吉元弁当」か「一丁目ストア」で朝食を買ってからタクシーを拾う、というのは、人類として当然のことですから書くまでもないですね。


■えー、唐突にまとめますと、要するに、みんなもっとコザで飲もうよ、という主旨のエントリです。文章が乱れてるのは、おれのせいではなく、ノートPCのスペースキーの具合が悪いせいです。たぶん。

ところで、某バーのバーテンダーが代わって店の質が劇的に落ちた、ということがあったのですが、あの店はいまどうなってるんだろう。あの「金魚鉢みたいな変な器に入った変なモヒート」を出してきたバー。


■1984年と、1989年と、1991年の『TVガイド』


■ハイお待たせをいたしました半蔵商店、幕開きでございます(←歌舞伎のイヤホンガイド風に)。

では沖縄での話に戻りますね。


■先日、沖縄で友人と会う際に、古本屋で買った昔の『TVガイド』を三冊持っていったんですね。1984年の号と、1989年の号と、1991年の号と。そしたらば、

こ れ が 面 白 い。( ゚∀゚)人(゚∀゚ )

大のオトナ二人が、TVガイド3冊をめくりながら(とくに番組表のページは曜日ごとに重点的に)、喫茶店で三時間も話しこんでしまいました。ノンアルコールで。ジュースだけで。


■子供のころ見てたテレビ番組の話はもちろん、「この番組は沖縄ではやってなかった(※TVガイドに載ってるのが首都圏用の番組表だったので)」「この時間帯、沖縄では○○を放送していた」など、番組表に対するローカルな思い出話をしたりしました。

そう、テレビ番組だけでなく、番組表そのものにもノスタルジーを感じてしまうもんなんですね。

あと、「日曜の夕方〜夜は、一社提供の番組が多い」などの発見もありました。発見というか、ひょっとするとテレビマニアの人には常識だったりするのかもしれない。


■1984年(ネーナ「ロックバルーンは99」がリリースされた翌年)のTVガイドは、表紙からして初代いいとも青年隊。しょっぱなから挨拶代わりに野々村とハガケンジとその他一名ですよ。

そして、1989年(ネーナ「ロックバルーンは99」がリリースされた6年後)の号は表紙&カラーページ第一特集が田原俊彦です。「絶好調! デビュー10年」だそうです。

田原

で、カラーページ第二特集がこの人なんですよ。

容疑者

この写真には、なんか「売れてる勢い」を感じます。

巻頭からこの二人が並ぶという豪華ラインナップ。西暦2011年の今ではちょっと考えられません。

目次

ちなみに、1991年の号は表紙が石田ひかり(だったかな)でした。


■で、これらのTVガイドを読み比べて思ったのですが、'84年の号と'89年の号との間に、すごい隔絶というか、断絶を感じるんですね。単なる誌面の違いじゃなくて、すごく大げさに云うと、日本という国の雰囲気が違って見える(ほんとに大げさですが)。

もっと云うと、'84年が戦前っぽく見えて、'89年が戦後っぽく見える。それくらい違う。

もちろん元号が違うってこともあるだろうけど、「バブル前」と「バブル真っ最中」の差が、この隔絶感の原因だと思う。


■そして、'84年→'89年→'91年と読み進めていくうちに、

なんだか夢がさめていくような物哀しさ

が、ちょっとしたのが不思議だ。バブル崩壊が関係してるんだと思う。


■えー、というわけでですね、みなさまも古いテレビ雑誌をサカナにして飲んでみてください(ジュースでも可)。

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■歌舞伎見物一周年


■今日も沖縄のあれは一旦おいといて、歌舞伎の話を。


■えー、昨日(3/8)をもちまして、歌舞伎を見始めて一周年になりました。

「カブキとはどんなものか、一度だけ見てみよう。歌舞伎座もなくなるらしいし」と、ふと思い立っての、人生初の歌舞伎見物でしたが、意外と性に合ったんでしょうか、四月は月の半分近く歌舞伎座に足を運び、歌舞伎座が休館した後も新橋演舞場や国立劇場で定期的に見続けるようになり、大阪松竹座での團菊祭や、南座の顔見世なども見て、海老蔵は殴られたりCM降ろされたりして、現在に至る、と。

こんなにも見ることになるなんて、いまだに我ながら不思議です。


■ちなみに、昨年見た初めての歌舞伎は、『御名残三月大歌舞伎』の第三部(そう、三部制だった)で、演目は『道明寺』と『石橋』でした。

その日は、仕事を終えてそのまま東銀座に直行。けっこうなギリギリのタイミングで歌舞伎座に滑り込み、席にたどり着けたのは、それこそ幕の開く45秒くらい前でした。

これって、歌舞伎座での歌舞伎見物にギリギリ間に合ったおれの観劇人生を象徴してるみたいですよね(ここはとりあえず、肯定の相づちを打っといてください)。


■これからも歌舞伎をたくさん見に行きたいと思いますので、できれば桟敷席で見たいので、できれば幕間に特上うな重も食べたいので、あと、おニューの着物もあつらえたいので、お金が要りますので、みなさんぜひgocoupのCDを買ってください!

っていうまとめ方でいいですか、今回。すいませんね、なんか宣伝ぽくなっちゃって。宣伝ぽいと云うか、宣伝以外の何物でもないですけど。


■あ、いまgocoupの新しいやつを作っています。ネーナの「ロックバルーンは99」ぐらい売れたいですので、よろしくお願いします。


■三月大歌舞伎 昼の部 新橋演舞場


■沖縄の話はいったんおいといて、歌舞伎の話を。


■えー、今日は新橋演舞場で三月大歌舞伎を見てきました。昼の部。

『恩讐の彼方に』の菊十郎が良かった。

『伽羅先代萩』は、なかなかご飯を食べさせてもらえない舞台上の子役二人と、昼食を食べて眠くなってコックリコックリ舟をこいでる観客たちのコントラストが面白かったです。

『曽我綉侠御所染』(←読めない…)は、三階席だったので、花道での橘太郎が見えなかったのが残念。


■しかし、あれですね、歌舞伎のときは昼食は控えめが良いですね、やはり。


■あ、今日、銀座のチケット屋で、国立劇場の切符も買ってきました。三階席を、しぶしぶ、やむなく、しかたなく、定価の倍の値段で。

そろそろ「あぜくら会」に入ったほうがいいかもしれない。


■では曲です。ネーナで、「ロックバルーンは99」。


■ペットボトル、ダンキンドーナツ、他


■さあ、ネーナのヒットチューン「ロックバルーンは99」に乗せてお送りしております半蔵商店です。引き続き、沖縄であったあれやこれやを書いていきます。


■上の妹の結納が、とある結婚式場で行われたのですが、そこの進行役の人がジンカーズの樋口に似ていた。

それはいいのですが、結納のあとの食事会で、テーブルに出されたソフトドリンクがどういうわけか500mlペットボトルだった。あのな、おい、おかしいと思わねえのか、ここの式場の人々は…。学生がコンビニで調達した飲食物で部屋飲みやってんじゃないんだからさー。ペットボトルて。

オレンジジュースが、Qooの500mlペットボトルってどういうことだよ。結婚式場のオレンジジュースには瓶入りのバャリースを用意するのが文明ってもんでしょう。

テーブル上に500mlペットボトル群が林立する中、かろうじてオリオンビールだけは瓶でした。


■下の妹の彼氏(R君)に初めて会った。お土産にダンキンドーナツを持ってきてくれてた。おかげさまで、ひっっさしぶりにダンキンドーナツを食べることができた。ダンキンドーナツは、たしか'98年ごろに日本から撤退したのですが、米軍基地内にはまだあるのですね。R君がたまたま米軍基地に入る用事があったので、そのついでに買ってきたそうだ。ミスドでなくダンキン、というところが、なかなか分かってますね。できる青年だ。


■ちなみに、そのR君はアニメ好きらしいのだが、ある日、R君のiPodにアニメソング(『なんとかハルヒのなんとか』とか)が入ってるのを妹が発見したところ、妹はR君にiPod内のアニメソングをすべて抹消するように命じたそうだ。

なにも消させることないと思うんですけど…。


■酒のつまみとして、おれがこのお菓子をスーパーで買っていったところ、たちまち実家で大ブレイクした。


■去年の夏に店じまいセールをやっていた、沖縄市の中の町(←「中の町」という地名です)の「アメリカンスペース」が、まだ店じまいセールをやってたので安心した。


■なぜ、この芸名なのか


■はい、お送りしたナンバーは、ネーナで「ロックバルーンは99」、でしたー。


■といった意味も含めましてね、これから何回かは沖縄でのことを書こうと思うんですが、まずは沖縄市で見かけた、とあるポスター。

歌謡ショーのポスターなのですが、メインの歌手の大きな写真の片隅に、こういう写真が小さく出てました。

なぜこの芸名なのか

なぜ、その名前にしたのか。なぜ若くもないのに、こんな駆け出しの前座みたいな名前なのか。「司会とものまね名人」というキャプションはちょっと文章が変ではないか。どういう人物のものまねをするのか。どういう経歴なのか。ギャラはいくらなのか。年齢からすると意外に高いのか。なぜうちの近所のファミリーマートの宮崎哲弥似の店員はあんなに愛想が悪いのか。謎は深まるばかりです。が、検索したら負けかなとも思う。


■で、ここまで書いて思い出したけど、二十年くらい前、“コロッケの弟子”みたいなポジションの沖縄出身の芸人いたよね?


■沖縄から戻ってきた件


■はい、ということでネーナで「ロックバルーンは99」を聴いていただきましたー。どうも、半蔵商店です。


■といった意味も含めまして、おとといの晩に沖縄から戻ってまいりましたよ。沖縄は暑かったです! おとといは那覇にいたのですが、街を行く人の21〜23%くらいは半袖でした。車にもクーラー入れてました。沖縄は南半球にあるので、東京と季節が逆になるんですね。おかげで東京が余計に寒く感じられてしまいます。


■しかし四泊五日はあっという間だったなー。パタリロを読む暇もありませんでした。沖縄そばもステーキも食べ(ら)れなかったし、コザの個人商店も二店しか回ってない。


■ま、例によって、これから数日は、沖縄であったことや思ったことなどを、標準語で書いていきたいと思います。

さっき書いたように沖縄は暑かったので、沖縄のことを思い出そうとすると、去年の夏のことを思い出してるような気分になるんですね。つい二日前のことなのに。