■2017/12/29〜2018/1/4は冬休みで沖縄。

■gocoupのシングルは2018年に持ち越し。

■こちらもぜひ。
https://soundcloud.com/hanzo_tv/

■1984年と、1989年と、1991年の『TVガイド』


■ハイお待たせをいたしました半蔵商店、幕開きでございます(←歌舞伎のイヤホンガイド風に)。

では沖縄での話に戻りますね。


■先日、沖縄で友人と会う際に、古本屋で買った昔の『TVガイド』を三冊持っていったんですね。1984年の号と、1989年の号と、1991年の号と。そしたらば、

こ れ が 面 白 い。( ゚∀゚)人(゚∀゚ )

大のオトナ二人が、TVガイド3冊をめくりながら(とくに番組表のページは曜日ごとに重点的に)、喫茶店で三時間も話しこんでしまいました。ノンアルコールで。ジュースだけで。


■子供のころ見てたテレビ番組の話はもちろん、「この番組は沖縄ではやってなかった(※TVガイドに載ってるのが首都圏用の番組表だったので)」「この時間帯、沖縄では○○を放送していた」など、番組表に対するローカルな思い出話をしたりしました。

そう、テレビ番組だけでなく、番組表そのものにもノスタルジーを感じてしまうもんなんですね。

あと、「日曜の夕方〜夜は、一社提供の番組が多い」などの発見もありました。発見というか、ひょっとするとテレビマニアの人には常識だったりするのかもしれない。


■1984年(ネーナ「ロックバルーンは99」がリリースされた翌年)のTVガイドは、表紙からして初代いいとも青年隊。しょっぱなから挨拶代わりに野々村とハガケンジとその他一名ですよ。

そして、1989年(ネーナ「ロックバルーンは99」がリリースされた6年後)の号は表紙&カラーページ第一特集が田原俊彦です。「絶好調! デビュー10年」だそうです。

田原

で、カラーページ第二特集がこの人なんですよ。

容疑者

この写真には、なんか「売れてる勢い」を感じます。

巻頭からこの二人が並ぶという豪華ラインナップ。西暦2011年の今ではちょっと考えられません。

目次

ちなみに、1991年の号は表紙が石田ひかり(だったかな)でした。


■で、これらのTVガイドを読み比べて思ったのですが、'84年の号と'89年の号との間に、すごい隔絶というか、断絶を感じるんですね。単なる誌面の違いじゃなくて、すごく大げさに云うと、日本という国の雰囲気が違って見える(ほんとに大げさですが)。

もっと云うと、'84年が戦前っぽく見えて、'89年が戦後っぽく見える。それくらい違う。

もちろん元号が違うってこともあるだろうけど、「バブル前」と「バブル真っ最中」の差が、この隔絶感の原因だと思う。


■そして、'84年→'89年→'91年と読み進めていくうちに、

なんだか夢がさめていくような物哀しさ

が、ちょっとしたのが不思議だ。バブル崩壊が関係してるんだと思う。


■えー、というわけでですね、みなさまも古いテレビ雑誌をサカナにして飲んでみてください(ジュースでも可)。

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■歌舞伎見物一周年


■今日も沖縄のあれは一旦おいといて、歌舞伎の話を。


■えー、昨日(3/8)をもちまして、歌舞伎を見始めて一周年になりました。

「カブキとはどんなものか、一度だけ見てみよう。歌舞伎座もなくなるらしいし」と、ふと思い立っての、人生初の歌舞伎見物でしたが、意外と性に合ったんでしょうか、四月は月の半分近く歌舞伎座に足を運び、歌舞伎座が休館した後も新橋演舞場や国立劇場で定期的に見続けるようになり、大阪松竹座での團菊祭や、南座の顔見世なども見て、海老蔵は殴られたりCM降ろされたりして、現在に至る、と。

こんなにも見ることになるなんて、いまだに我ながら不思議です。


■ちなみに、昨年見た初めての歌舞伎は、『御名残三月大歌舞伎』の第三部(そう、三部制だった)で、演目は『道明寺』と『石橋』でした。

その日は、仕事を終えてそのまま東銀座に直行。けっこうなギリギリのタイミングで歌舞伎座に滑り込み、席にたどり着けたのは、それこそ幕の開く45秒くらい前でした。

これって、歌舞伎座での歌舞伎見物にギリギリ間に合ったおれの観劇人生を象徴してるみたいですよね(ここはとりあえず、肯定の相づちを打っといてください)。


■これからも歌舞伎をたくさん見に行きたいと思いますので、できれば桟敷席で見たいので、できれば幕間に特上うな重も食べたいので、あと、おニューの着物もあつらえたいので、お金が要りますので、みなさんぜひgocoupのCDを買ってください!

っていうまとめ方でいいですか、今回。すいませんね、なんか宣伝ぽくなっちゃって。宣伝ぽいと云うか、宣伝以外の何物でもないですけど。


■あ、いまgocoupの新しいやつを作っています。ネーナの「ロックバルーンは99」ぐらい売れたいですので、よろしくお願いします。


■三月大歌舞伎 昼の部 新橋演舞場


■沖縄の話はいったんおいといて、歌舞伎の話を。


■えー、今日は新橋演舞場で三月大歌舞伎を見てきました。昼の部。

『恩讐の彼方に』の菊十郎が良かった。

『伽羅先代萩』は、なかなかご飯を食べさせてもらえない舞台上の子役二人と、昼食を食べて眠くなってコックリコックリ舟をこいでる観客たちのコントラストが面白かったです。

『曽我綉侠御所染』(←読めない…)は、三階席だったので、花道での橘太郎が見えなかったのが残念。


■しかし、あれですね、歌舞伎のときは昼食は控えめが良いですね、やはり。


■あ、今日、銀座のチケット屋で、国立劇場の切符も買ってきました。三階席を、しぶしぶ、やむなく、しかたなく、定価の倍の値段で。

そろそろ「あぜくら会」に入ったほうがいいかもしれない。


■では曲です。ネーナで、「ロックバルーンは99」。


■ペットボトル、ダンキンドーナツ、他


■さあ、ネーナのヒットチューン「ロックバルーンは99」に乗せてお送りしております半蔵商店です。引き続き、沖縄であったあれやこれやを書いていきます。


■上の妹の結納が、とある結婚式場で行われたのですが、そこの進行役の人がジンカーズの樋口に似ていた。

それはいいのですが、結納のあとの食事会で、テーブルに出されたソフトドリンクがどういうわけか500mlペットボトルだった。あのな、おい、おかしいと思わねえのか、ここの式場の人々は…。学生がコンビニで調達した飲食物で部屋飲みやってんじゃないんだからさー。ペットボトルて。

オレンジジュースが、Qooの500mlペットボトルってどういうことだよ。結婚式場のオレンジジュースには瓶入りのバャリースを用意するのが文明ってもんでしょう。

テーブル上に500mlペットボトル群が林立する中、かろうじてオリオンビールだけは瓶でした。


■下の妹の彼氏(R君)に初めて会った。お土産にダンキンドーナツを持ってきてくれてた。おかげさまで、ひっっさしぶりにダンキンドーナツを食べることができた。ダンキンドーナツは、たしか'98年ごろに日本から撤退したのですが、米軍基地内にはまだあるのですね。R君がたまたま米軍基地に入る用事があったので、そのついでに買ってきたそうだ。ミスドでなくダンキン、というところが、なかなか分かってますね。できる青年だ。


■ちなみに、そのR君はアニメ好きらしいのだが、ある日、R君のiPodにアニメソング(『なんとかハルヒのなんとか』とか)が入ってるのを妹が発見したところ、妹はR君にiPod内のアニメソングをすべて抹消するように命じたそうだ。

なにも消させることないと思うんですけど…。


■酒のつまみとして、おれがこのお菓子をスーパーで買っていったところ、たちまち実家で大ブレイクした。


■去年の夏に店じまいセールをやっていた、沖縄市の中の町(←「中の町」という地名です)の「アメリカンスペース」が、まだ店じまいセールをやってたので安心した。


■なぜ、この芸名なのか


■はい、お送りしたナンバーは、ネーナで「ロックバルーンは99」、でしたー。


■といった意味も含めましてね、これから何回かは沖縄でのことを書こうと思うんですが、まずは沖縄市で見かけた、とあるポスター。

歌謡ショーのポスターなのですが、メインの歌手の大きな写真の片隅に、こういう写真が小さく出てました。

なぜこの芸名なのか

なぜ、その名前にしたのか。なぜ若くもないのに、こんな駆け出しの前座みたいな名前なのか。「司会とものまね名人」というキャプションはちょっと文章が変ではないか。どういう人物のものまねをするのか。どういう経歴なのか。ギャラはいくらなのか。年齢からすると意外に高いのか。なぜうちの近所のファミリーマートの宮崎哲弥似の店員はあんなに愛想が悪いのか。謎は深まるばかりです。が、検索したら負けかなとも思う。


■で、ここまで書いて思い出したけど、二十年くらい前、“コロッケの弟子”みたいなポジションの沖縄出身の芸人いたよね?



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