■2017/12/29〜2018/1/4は冬休みで沖縄。

■gocoupのシングルは2018年に持ち越し。

■こちらもぜひ。
https://soundcloud.com/hanzo_tv/

■国立劇場 十二月歌舞伎公演 知られざる忠臣蔵 12/23


■さて、激動の昭和61年も残すところあとわずかとなりました。今年も例によって、今日から一月五日まで沖縄に帰省しております。その間、ブログの更新はございません。

嗚呼、半蔵のブログが更新されない間はどうやって生きていけばいいんだ、とお嘆きの方は、ちょうど明日配信開始となる(実はもう本日アップロードしたのですが)gocoupの新作「1902年ライプツィヒの初雪を演算せよ仔兎」をお聴きください。歌舞伎見物の幕間に書き上げた電子音楽です。


■えーっと、今月の国立劇場の感想を書こうと思ったのですが、時間がないので割愛しますが、全体的に面白かったですよ。


■今年も半蔵商店をご高覧いただきありがとうございました。すごい手短ですが年末の挨拶とさせていただきます。そろそろ空港行かないといけないのにまだ荷造り終わってないので、ここらへんで失礼します。すいません。ばたばたしてんなー今年。それではちょっと早いですが良いお年を。イヤホンは忘れずに係までお返しください。ありがとうございました。


■歌舞伎座 十二月大歌舞伎 忠臣蔵 昼の部 12/14


■十二月十四日の土曜日の朝、日比谷の帝國ホテルに赴き、茶を喫し、ホテルのロビーで自動車を拾い、歌舞伎座へ向かい、桟敷席で芝居を見てきました。我ながら休日の過ごし方が昭和初期の東京市民っぽいです。なにやってんだ。

新暦旧暦の違いがあるとは云え、十二月十四日、という日に忠臣蔵を見ることができました(昼の部だけだから、討ち入りのシーンはないけどね)。


■半蔵が歌舞伎座の桟敷席に座るのは'10年4月の『助六』以来じつに3年8ヶ月ぶり、と各メディアで報道されておりますように、ほんとに久しぶりのことで、そもそも新しくなった(というか、諸般の事情で新しくならざるを得なかった)歌舞伎座の桟敷席は初めてです。

カブキ知らずの小坊主が桟敷席とは生意気だ、などと欧米主要紙に書かれたりしたわけですが、どこに座ろうとおれの勝手ですし、だいたいチケット取りづらかったのよー今月歌舞伎座。取りづらかったよね? おれだって無駄に贅沢したいわけじゃないけど、でも桟敷席の切符しか戻ってなかったのです。

ちなみに、来月は歌舞伎座・演舞場・浅草すべて三階席です。こういう控えめさを忘れないところが、拙僧が皆様に愛される秘訣ですね。(談)

桟敷席のお茶 桟敷席からの眺め
▲[左]桟敷席のお茶セット。湯飲みの裏に歌舞伎座の紋入り。もうもみ出し茶じゃないんだなー
[右]桟敷席からの眺め。花道ばっちり



■久しぶりの桟敷席(ちなみに西でした)からは、あたりまえですが三階席とは芝居が違って見えました。それは物理的にはもちろん、内容的にもです。先月とはまた違う発見がいろいろあった(と思っている)。

お財布の都合があるとは云え、毎度毎度三階席ってのも、それはそれでちょっと偏った見方になっちゃうからね、たまには桟敷席に座ってバランスをとるぐらいがちょうど良いかもしれない。

勘平とおかるの道行では、なぜか鷺坂伴内の気分になって舞台を見ていました。この気分も先月の三階席ではなかったな。

あと菊之助はやはり食パンマンと同一人物だと思う。


■ちなみにこの日の食事は、席まで運んでくれるお高い弁当は発注せず、売店で売ってる千円の牛ヒレカツサンドにしました(肉に噛みごたえがあるので、見た目より満足度が高い)。正直、今月は南座行きでお金つかったからね、ここらへんでセーブしました。こういう控えめさを忘れないところが以下同文。


■gocoup「1902年ライプツィヒの初雪を演算せよ仔兎」12/29


1902年ライプツィヒの初雪を演算せよ仔兎

東京の電子音楽レーベルgocoupの新作です。こんなジャケットですが、オンライン配信です。12月29日に配信いたします。無料です。裕福な中華人民共和国の皆様も、貧しい日本国民の皆様も、無料でお聴きいただけます。もうしばらくお待ちください。

これは見ての通り、'90年代の短冊CDシングルを模したジャケットなのですが、また実際に短冊CDを作ってみたいですね。六年前に一度作ったんですが、あれって普通のCDよりもだいぶ金かかるんですよね。

そういえばゴールデンボンバーが今年の初めに短冊CDでリリースしたらしいですね。あ、いま検索したらGRAPEVINEも3月に短冊CDをリリースしてるようです。gocoupの影響力ってすごいね!

──それは違う。(゚д゚ ) (゚д゚ ) (゚д゚ )


■からたちのかどを曲がって二軒めです柚子湯(土屋耕一)


柚子

おとといは冬至でしたが、当日は柚子を10ヶ買ってきたにもかかわらず、眠たかったので柚子湯には入らず寝ました。

なので、昨日の朝、この貧乏長屋のユニットバスの湯船に柚子10ヶをぶちこみ、今年の柚子湯としました。

柚子に含まれるなんらかの成分が肌に効くらしいので、柚子を軽くもみほぐし成分を抽出しながら風呂に浸かってました。そしたら成分がたくさん出てきて、金玉袋がひりひりした。

ケチな話ですが、この柚子湯の柚子10ヶをとっておいて、今朝も柚子湯にしました。だって10ヶで千円もしたからさー、有効活用しないと。で、今朝も金玉袋がひりひりしました。

もう一回くらい柚子湯ができそうな気がするので、まだこの柚子10ヶはとっといております。

南瓜

ちなみにカボチャはちゃんと冬至当日に食べましたよ。



当エントリのタイトルの句は、コピーライター土屋耕一のエッセイ集『さも虎毛の三毛』('87)の帯より引用しました。


■BRUTUS 本特集 2014(を買ってない)


■今年のBRUTUSの本特集号はパスだな。表紙がぜんぜん物欲をそそらない。

「えーっ、中身も読まないでそんなこと云うなんて」などとおっしゃるお侍さんもおられるかと思いますが、雑誌なんてぇのは、表紙が5割、中身が5割です。CDやレコードなんてのもジャケが5割、音楽が5割です。表紙/ジャケがダメだったら、その時点で半分ダメなんです。いや、本質的にダメってことではないですが、少なくとも手に取る優先順位は落ちます。よって、購入の確率も下がります。そして他のを買います。

こっちだって、月にわずか数十万円という雀の涙ほどのお小遣いをどうにかやりくりしてるわけだから、自然と購入基準が厳しくなるのは道理でしょう。


■さて、話は変わりまして。

BRUTUSなる雑誌を六百数十円という資本を投下してまで買うことは、正直、少なくなりました。

これは有名な話なのですが、拙僧はBRUTUSの'80年の創刊号を二冊、第二号を一冊所有しております。好きなのですね、あの、きつい酒ときついタバコときつい香水のにおいが漂ってきそうな男くさい誌面が。そういう要素が自分には全くないからね、なにかしらそういうのに憧れてる部分があるんだと思う。ある種の人々は、あの男くさい誌面を「時代錯誤だ!」と脊髄反射的に斬って捨てることで、「よし、自分は現代という時代に適応できているな。よかったよかった」と確認することを楽しむんだろうけどさ。

BRUTUSは時代が変わっても、'00年代前半まではまだまだバブルの残り香が漂い、港区感があって(マガジンハウスの所在地は中央区銀座三丁目ですが)、「あー、すいません年収一千万以下の方は読まなくていいです別に」みたいな勢いがあったんだけど(この説明はさすがに乱暴ですね笑)、ここ数年は、『ダ・ヴィンチ』と末期『relax』と、なんだったら『散歩の達人』と、あと'00年代後半に消えていったスローライフ/ロハス系雑誌各誌を混ぜたような雑誌になってて(wikipediaで見たところ'07年にBRUTUSの編集長が替わったようです)、けっして嫌いじゃないけど、これにBRUTUSって誌名を冠するのはどうなの、と思ってしまいます。まあ、男くさいのやらバブリーなものやらは、この'10年代には歓迎されないのでしょう。マガジンハウスだって商売で雑誌作ってるわけだからね、道楽でやってるわけじゃないもんね。


■でもなあ。昔のBRUTUSみたいな男くさいやつ読みたい。

そこで、どうでしょう、別冊とか増刊号とかの体(てい)で『男のBRUTUS』みたいなのを作るのは。

「歴代BRUTUSの男くさい号、十選」みたいなページの選書とかしますから、おれが。



<< 291/715 >>