■先日、友人某君と飲んだ際、ラジオの話になったのですが、某君からこんな質問をされました。
「オールナイトニッポンって、AM?」
どの局がAM局で、どの局がFM局、なんて区別は自明のものだと思ってたおれにとっては意外な質問でした。
拙僧「オールナイトは、ニッポン放送だから、AM」
某君「ジャンクは?」
拙僧「ジャンクはTBSだから、AM。あと、ゴゴモンズはナックファイブだからFM」
某君「へー。AMとFMって何が違うの?」
拙僧「AMとFMとでは、電波の、なんか、その、あれが違うんだよ。だからFMの方がいい音。ラジコだとAMもFMも同じ音だけどね」
某君「へー」
拙僧「雰囲気もちょっと違ってて、FMのほうがおしゃれで、AMのほうが庶民的というか」
某君「ふーん」
某君は、ラジオをよく聞いてるのですが、ラジオにはAMとFMがあるということをあまり意識してなかったようです。云われてみれば、ラジコの画面には、AM局もFM局も、その区別なく並んで表示されます。このラジコ時代に、AM・FMを区別する意識が徐々になくなっていくのは当然のことなのかもしれません。某君もそういえば、ラジコ以降にラジオを聞くようになった人です。
■ひょっとすると、AMがだんだんFMっぽくなって、FMがだんだんAMっぽくなって、“FMのほうがおしゃれで、AMのほうが庶民的”という図式がしだいに崩れてくる、ということもあるのかもしれません。しかし最近ラジオの話題が多いな、このブログは。
■ウーマンラッシュアワーのオールナイト、好きなんですが、気になる点がありまして。
なんつーか、毎回毎回が「第一回」を聴いてるような気分にさせられるんですね。
ラジオ番組というのは、「その回その回ごとの楽しさ」だけでなく、「一つの番組をあるていど長期的に聴き続けることで生まれてくる楽しさ」ってのがあると思うんですね。でも、ウーマンのオールナイトは前者の楽しみはあるのに、後者が不思議と無い。笑
それで、なんつーか、毎回毎回が「第一回」を聴いてるような気分にさせられるんですね。と、数行前とまったく同じ文章を書いてしまいました。
あと、似たような話題が多いからってのもある。中川の恐妻家エピソードと、村本のtwitter話と、村本から中川への説教と。
■おそらくウーマン自身、ラジオをがっつりやっていこうとは思ってなくて、オールナイトをプロモーションの手段(しかも業界人向けの)としか考えてないのかもしれません。ある意味、割り切ってるんだと思う。「リスナーのみんなとコミュニケーション」とか、「ラジオは本音を話す大事な場」とか、その手の面倒くせえラジオ愛をほとんど感じさせない。ラジオを、テレビ仕事への踏み台としか考えてない。新世代っぽい。
だから、番組自体は「ウーマンラッシュアワー」というブランドの二時間かけた壮大な告知に過ぎないので、ラジオ番組としての蓄積のようなものを感じさせない。それが原因で、毎回毎回が「第一回」を聴いてるような気分にさせられるのではないかと。
この番組が、今年一月の単発特番が好評→四月からレギュラー化、という経緯を経てることも影響してるでしょう。毎回毎回単発特番をやってるような感じというか。
(ちなみにウーマンは、漫才すらも「トーク番組に出るための踏み台」と割り切って捉えているフシがあります。)
■まあ、全部おれの妄想ですので、適当に聞き流してください。よろしく。
ところで、おれはウーマンラッシュアワーという名前、なかなかかっこいいと思う。ソリッドステイトサバイバーと同じくらいとまではいかないけど、その次ぐらいにはかっこいい。
■木曜は久しぶりにナイナイのオールナイトを生で聴きました。
番組の終了を申し出たのは矢部だそうです。いわく、岡村休養中に一人で放送していたが、岡村が復帰したとき達成感を感じた。番組本を作ったときも同様の達成感を感じた、とのこと。
■いまwikipediaで調べたところ、岡村の休養期間は'10年の7月から11月のことですし、番組本の第一号が出たのは'09年9月です。ようするに、もうだいぶ前の話です。でもそのころから矢部の「オールナイトを降りたい」という気持ちは芽生えはじめていたわけですね。
なんつーか、「何年かかけて静かに静かに終わっていく」という種類の物事があるんだな、と思いました。
おれ個人の身の回りで起きてる事柄にも、実は終わり始めているもの、実は終わりかけているもの、実はとっくに終わってるもの、がいろいろあるんだろうな。いまの段階ではまだ気づいてない(あるいは、気づいてないフリをしている)だけでね。
逆に、実は始まりはじめている(日本語としてちょっと変ですが)もの、実は始まりかけてるもの、実はとっくに始まってるもの、もあるんでしょうけどね。
■で、10月からの木曜一部はウーマンラッシュアワーのオールナイトニッポン、と予想してたのですが、そうではなく岡村ピンのオールナイトとなるようです。ふむ。
でもなあ…。あんまり、ね、始まる前からネガティブなことは云いたくないですが、復帰後の岡村ってちょっと微妙じゃないですか。いつだったか、オリラジの中田からも放送中に「ぼくの中では、岡村さんはまだ復帰してません」とか云われてたように思う。
ちなみにニッポン放送は以前に、ロンブーが二人でやってたオールナイトから亮のみを降板させる→淳のみでオールナイトニッポンを開始→あんまり面白くなくなる、という謎のテコ入れをやらかしたことがありますので、ちょっと不安です(亮降板はニッポン放送の意向、矢部降板は矢部の意向、という違いがありますが)。
ま、始まる前からケチつけなくたっていいよな。すいません。
■というか、正直、おれはこの番組の熱心なリスナーではありませんでしたのでグダグダ書く資格はないのかもしれません。でも、'01年ごろはよく聴いてたなー。ジャネットとか。
■あ、wikipedia見たら、番組中にフィラーとして流れる「ナインティーナイン、インザハウス」という曲は、ナイナイライブで使われたオリジナル曲で、音源化はされてないとのことでした。ふむ。長年気になってたんですよあの曲。
■お盆と云えばコーガーシ(とタイピングしたら「コーガー氏」という'70年代のアメリカの政治家っぽい変換をされた。まあコーグヮーシのほうが正確な表記かな)です。
ちょっと前に、ラジオでサンキュータツオかプチ鹿島かマキタスポーツか誰かが「コーガーシを食べながら冷たいお茶を流し込むと、ふわっと溶けて美味しいんですよね」みたいな話をしていました。
■そのラジオを聞いて、おれもお盆で沖縄に帰った際は、コーガーシを食べながら冷たいお茶を流し込んでふわっと溶かしてやろう、できればさんぴん茶で、と思ってたんです。
が、お盆のウークイの日に沖縄本島の親戚宅を8軒回ったのですが、8軒ともコーガーシを置いてないんですね。8軒とも仏壇がある家なのに。
ウークイの翌日、石垣島に行ったら旧・祖父母宅の仏前にコーガーシが備えられていたので、ようやくそれを冷たいお茶とともに食べることが出来ました。うまい!──と書きたいところですが、ちょっと湿気ていた。うむ。でもまあ、久しぶりにちゃんとコーガーシを食べられてよかった。
ちなみに、鯛やハスの花をかたどったコーガーシはよく見ますが、石垣島ではビー玉をピラミッド状に積んだコーガーシがありました。
■みんなコーガーシのことを、おいしくない、かさばる、親戚の誰も食べたがらない、誰ももらいたがらない、来年からはもう買わない、とお盆のたびに楽しそうに悪口を云いたがるけど、たまにはちゃんとコーガーシに向き合ってみてもいいんじゃないかな。
たしかにディスプレイ用の大きなサイズのコーガーシは大味だけど、小さいサイズのものはちゃんとそれなりに美味しい、と叔母が云ってました。
おれも改めて、銀座の三越の地下とかでコーガーシを買ってきて、ペットボトルの伊右衛門茶とともに味わってみようと思います。
■八月十五日 金
終戦記念日。日本って、昔、アメリカと戦争したらしいよね。どっちが勝ったんだろう。とか、こういう書き出しは陳腐ですか。
夏休みが徐々に終わり近くなったので、この日からもう「サザエさん症候群」のような気分に。
この日も早朝に沖縄市の個人商店を2軒。あと市場で農連市場で買い物。いったん実家に戻りみんなで昼食。
午後より、商店5軒。いろいろ買う。
とある商店。学校の近くにあるので、棚に古い文具の類も置いてるのだが、目をこらして棚をよく見ると、なんと
任天堂のファミリーコンピューター本体があるではないか。
あまり目立った置かれ方はしてないので、つい見落としてしまいそうになるが、どう見てもファミリーコンピューター。いや、「ファミリーコンピュータ」と語末を伸ばさないのが正式な表記なんだけど、そんなことは今はいい。ハコ付きなので、おそらく新品。昭和の話じゃないですよ。西暦2014年8月の話ですよ、あなた。棚にひっそりとたたずむファミリーコンピューターは、なにやらホコラの奥にまつられてる神聖なもののように見えて、「売り物ですか? いくらですか?」「いつぐらいから置いてあります?」とかそういう質問は軽々しくできなかった。
軽薄なブロガーなら、店のオバァからこのファミコンを買い取り、写真に撮って「開封の儀」とか云ってブログに載せちゃうんだろうけど、おれはこのファミコンは、このままこの商店の時間の流れの中にいつまでも置いておくのが正しいことのように思えた。
(とか云って、おれが次にこの商店に来た時に買っちゃうかもしれないんだけど。)
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予定していた夜の飲み会がキャンセルになってしまい、残念。
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妹2号の友達が送ってくれたという山梨産のスモモを食べて驚愕。うまい。おれがいままでの人生で食べてきたスモモはいったい何だったんだろう。いままで食べてたスモモは、実はスモモではなかったのではないか。スモモの概念が更新された一日。
■八月十六日 土
早朝、沖縄市の個人商店と農連市場。西暦2014年になっても、まだ足を踏み入れていない個人商店がある。本日は新規開拓1軒(←営業日報かよ)。
アメリカンスペースで、Tシャツ三枚と'60年代の『LIFE』誌と『LOOK』誌を購入。ともに日本特集。うん、おれは「昔のアメリカの雑誌に出てくる日本の記事」、が好きなのですよ。
その後、コザミュージックタウンの中のゲームセンターにある、レトロゲームが数百本詰まってるゲーム機で、真顔で『エレベーターアクション』と『バブルボブル』をプレイする。このあたりのゲームセンターは、もうここ一軒だけになってしまった。というか、この歳になってゲームセンター行くなよって話だけど。
その後、コザのとある食堂にて沖縄そば。食堂なので棚に漫画本が置いてあるんだけど、最近の漫画やちょっと昔の漫画に混じって、
1969年の週刊マーガレットがあるではないか。
'69年て。人間だと45歳ですよ。砂原良徳と同い年ですよ。「まんだらけ」のような店ならまだしも、食堂の漫画の棚に45年前の週刊マーガレットが並んでいようと、誰が想像するだろうか。昨日のファミコンといい、このマーガレットといい、コザにはいろいろと何かが潜んでいる。
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昼過ぎに、VJ代々木と焼肉。その後、VJ代々木をつれて先ほどの食堂でぜんざいを食べる。ちなみにこの食堂は、半分が食堂で半分が商店、というハイブリッド形態。個人商店的な買い物が楽しめて、沖縄そばやぜんざいも食べられるなんて、もう最高にたまらん。この店がなぜ世界遺産に指定されないのかが全く分からない。ユネスコはもっとちゃんと仕事してほしい。
その後、二人で文具店に立ち寄る。おれはエンゼル社のトランプを購入。この店でトランプを購入するのは実に30年ぶり。
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夜。中学の同窓会。20年ぶり。まあ、おれはクラスの中心的人物、ってわけでもないのでこそこそ過ごす。しかし周囲の変わり様を見てるのがなかなか興味深い。変わってるのがいたり、変わってないのがいたり。頭髪を有さなくなったのがいたり、太ってるのがいたり、逆にやせてるのがいたり、'80年代前半の英国ニューロマバンドのメンバーみたいになってるのがいたり。あと、女子は全体的に誰が誰だかわかりにくくなってた。笑
二次会は沖縄市園田のクラブにてこそこそ過ごす。しかし、いかんせんクラブなのでゆっくり話しづらい…。あと、二次会は正直、睡魔との格闘が7割でした。まあ、コザのディスコ文化(?)の一端に触れた(?)からよしとする。1時半ごろタクシーで退散。
家に戻ってラジオをつけると、オードリーのオールナイトニッポンも春日トークの時間帯になっていた。数分だけ聞きながら寝る。
■八月十七日 日
東京へ戻る日。たいして長くなかった夏休みも今日で終わり。しかし、いったい西暦何年ぐらいになれば、日本人も数週間の夏休みが取れるようになるんだろう。
飛行機に乗るのでキモノを着ようとしてけど、豪雨。キモノは止す。
父の車で祖母宅に行き、線香を上げてから那覇空港へ。別件で同じく那覇空港に来ていた弟と20分ばかり会談。
飛行機の機内販売で、ブルーシールのアイスクリーム(サトウキビ味)とオリオンビールを発注。沖縄を引きずってるのか。
羽田着。帰ってきて部屋のテレビをつけると、笑点をやっていた。きのうのコザの食堂のテレビでも笑点をやっていたので(沖縄は放送日がずれる)、二日連続で笑点を見たことになる。
全島エイサー祭をustreamで見る。今年はエイサーを生で見(ら)れなかったなー。