■2017/12/29〜2018/1/4は冬休みで沖縄。

■gocoupのシングルは2018年に持ち越し。

■こちらもぜひ。
https://soundcloud.com/hanzo_tv/

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■青春ナウ? 【2】青春はいつの間にか終わる件について 


■90年代半ば、おれはどちらかと云えば小山田派でした。

なので、オザケンはあまり熱心には聴かなかった。


■でも2002年にオザケンが『Eclectic』をリリースしたとき、オザケンが90年代にリリースした8cmシングルを集める、という儀式が一部地域で流行ってたので、おれも集めた。

「夢が夢なら」「Buddy」「Back to Back」など、96年のアルバム『球体』以降の一連のシングルに入ってる曲が好きでした。


■ので、「さよならなんて云えないよ」という95年のシングルは持っていたけど、ちゃんと聴いてなかった。

ので、タイトルからしておそらく失恋モノの歌かなんかだろう、と勝手に思っていた。


■が、この曲とケンイシイのマッシュアップを作ろうとしたときに歌詞カードをよく読んだところ、この曲は失恋モノというよりは青春モノだなと(ようやく)気付いた。なんつーか、大学のサークル仲間というか、そんな感じがする。

で、とくに以下の2ヶ所に、青春を感じます。


『嫌になるほど誰かを知ることは もう二度とない気がしてる』(歌詞より)

そう。そうなんですよー。おれも大学では男子寮にいたから、云わんとすることはわかる。人気の無いタイプの寮生だったけど、わかる。

『本当は分かってる/二度と戻らない美しい日々にいると/そして心は静かに離れていくと』(歌詞より)

そう。楽しい日々って、二度と戻ってこないんですよ(←歌詞なぞってるだけじゃん、おまえ)。で、気が付いたら、いつの間にかみんな縁遠くなってたりする。

それっておまえだけが連絡されてないんじゃないの?(・∀・) (・∀・) (・∀・)ニヤニヤ

ほっとけ('A`)。いや、それもあるだろうけど(あるのかよ…)、就職やら進学やら結婚やらで、やはり自然に距離というものが出来てしまう。そういうもんですよね。


■青春だけが人生じゃない、とは、もちろん思う。

けど、超楽しい瞬間を共有できる仲間がいる、というのはやはり幸せな時期、ではあるし、そしてその時期の終わりを予感させる「しんみり感」ある歌詞が、この幸せさの儚さと特別さを、より引き立てている、ように思う。

読点が多い。


■で、このオザケンの唄に出てくる青春の儚さと特別さは、『ぶっせん』の最後のほうにも感じた。もちろんこれは「さよならなんて云えないよ」と『ぶっせん』だけの専売特許じゃなくて、普遍的な感覚なんだけれど、この両作品はこの辺の感覚をかなりうまく描いているのではないかな、と思うわけです。

いずれにせよ、どうやったって青春はいつかは終わるわけだし、だからこそ青春はしっかり楽しみましょう。という、おれにとっては覆水盆に返らずというか、盗人を見て縄を何マイルなえばいいんですかって結論が出たところで今回は終わり。


■この項、まだつづく。


【付記1】この曲について、うちより数京倍ていねいなレビューをお読みになりたい方はこちらのブログ様をご参照ください。

【付記2】Amazonのレビューにて、「スチャダラのシンコがプロデュース予定のアルバムが頓挫したため、シングルの散発的リリースが続いた」と書いてあった。初めて知った。

【付記3】(上のリンク先にも書かれていますが)「buddy」の7インチ盤は、8cmCDに無いバージョンが収められている、と聞いてだいぶ経つけどまだ入手していない。

【付記4】「左へカーブを曲がると」でぐぐると、「関連検索: 左へカーブを曲がると タモリ」と表示される件について。