■2017/12/29〜2018/1/4は冬休みで沖縄。

■gocoupのシングルは2018年に持ち越し。

■こちらもぜひ。
https://soundcloud.com/hanzo_tv/

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■2019年の沖縄帰省日記。2020年の東京写真はなし。[3]


今日の夕飯はカツカレー(ライスなし)でした。ライス抜きなので低糖質でヘルシー(※諸説あります)。

さて今回は、前回につづいて2019年の沖縄帰省日記、感動の最終回です。諸般の事情で写真はありませんが、よろしくお願いします。





令和元年八月十六日(金)
■早朝起きて海中道路わたって伊計島までドライブ。一人で行くのは初めて。子供のころ、たまに父親に連れてってもらったドライブコースだけど、いまはこうやっておれ一人で運転していく。オトナになったなあ。

実家の近くまで戻ってきて、ファミリーマートでコーヒー買う。車中で飲む。


■実家で両親と朝食。けさは妹2号とその子らもいる。


■宮古島に帰る妹2号と子供たちを見送ったあと、父を隣町の眼科にクルマで送る。その後、チャーリータコスに行って食事。実家から持ってきた玖保キリコの漫画を読む。いまどきのこども、でもなく、シニカルヒステリーアワー、でもなく、『夫とその妻』。われながら渋い…。これ、『いまどきのこども』に寄せた装丁なんだけど、小学館じゃないんだよね、マガジンハウスなんだよね。


■父を拾いに、また眼科へとクルマを走らせる。車中ではラジオを聞く。とあるラジオ番組で、「御願不足(うがんぶそく)を実感するとき」というテーマでメールを募集していた。そしたら、

「丸中商会の坂を下りたとこも満車だったとき」

というメールを送ってきたやつがいた。沖縄ローカルとはいえ、あまりにもローカルすぎて笑った。しかしこの種のローカルなピンポイントな面白さは、radikoプレミアムの発達とともに消えてなくなっていくんでしょうか。県外からの投稿を普通に読むようになっちゃったしなあ。ローカルラジオが面白いのはローカルだからであって、そのローカル色を薄めちゃうとさ…。まあ一番の戦犯は、そんな投稿を採用する当のラジオ局のスタッフなんだけどな。

ちなみに「御願不足」とは、いうなれば「ご先祖様孝行をサボってる状態」、ぐらいの意味です。


■夜、両親と泡瀬のサムズ・バイ・ザ・シーというナカグロが3ヶも必要になるステーキ屋へ。ここはハワイアンな内装でBGMもハワイアン。そこに夏着物を着てパンナムバッグを持ったおれが行くので、'50〜'60年代のモンド/エキゾ系LPレコードのジャケみたいな画になる。

前菜にソフトシェルクラブを発注してみる。はじめて食べたけど、うまいね。しかし、いつのころからか、この店ではステーキが来る前のスープとサラダでおなかいっぱいになるようになった。あ、サラダの選べるドレッシングはブルーチーズが好きです。というかブルーチーズしか頼まない。ウエイトレスにドレッシングの種類を訊かれて「ブルーチーズ」と発音する瞬間が、おれの夏休みのピークなのです。

ところで、隣のテーブルに座っていた、本土からの観光客とおぼしき20代女性二人連れは、料理を85%くらい残して帰って行った。さすがにもったいない…。




令和元年八月十七日(土)
■早起きして軽自動車で出発。高速道路に乗る前にファミリーマートでホットコーヒーを買うのが好き。高速乗って、許田で降りて、古宇利島に到着。コウリじま、と読む。数年前、まだ練馬に住んでたとき通ってた美容室の美容師に「古宇利島おすすめです」と云われたのを突然思い出して行く気になったのだ。

で、行ってみたけど、まあ、ネイティブ沖縄人であるおれにはピンとこなかった…。観光客向けに開発した土地、ってとこなのかな。


■高速道路で南下。いつものパンケーキ屋へ。ミートボールのホワイトソースがけパンケーキ、にスパムを添える。おいしい。


■その後、実家に戻って整理整頓。昼ごろコザの農連の仲松へ。買い物少々。

一時ちょっと前、ゴヤに着く。マチヤグヮーというか個人経営スーパーでうまかっちゃんを二袋買って、甘木君(百療表現)と待ち合わせ。上原商店でそばを食する。その後、新しくできたとあるカフェに行ったら満席だったので、一番街の中にある、近年リフォームしたホテルの一階にあるカフェへ。ここはむかし瀬戸物屋だったんだよね。


■甘木君を自宅までクルマで送り、58号線を北上。車内ではラジオ沖縄(ROK)を聞く。土曜午後四時台のROKって聞いてて落ち着く。かつ、「嗚呼、おれはいまROKを聞いてるんだなあ」という実感が得られる。

アメリカン・スペースに立ち寄る。古い『LIFE』誌の、前から気になってた号(アラスカ特集)を見つける。が、買わず。旅(というか帰省だけど)の終わりって、こういう買い物がおっくうになる。なりません?


■妹1号宅へ。テレビでローカル番組を見つつ、甥姪(せいてつ、って音読み、やっぱりカタいよなあ)とふれあうなどする。18:45ごろ撤収。


■実家に戻る。部屋の整理整頓など。

夜9時ごろ、父に食べ物を買ってくるよう云われたので、クルマで近所の「かねひで」へ。車中ではサンドリふかわ回('19年版)を聞く。弁当、ラーメンなどを買って帰宅。

おれは古着屋などで古いソフトドリンクの瓶を買い集めてた時期があって、その瓶コレクションがまだ実家にある。琉球放送『テーファーラジオ』などラジオを聞きながら、それらの瓶を風呂場で洗う。気がついたら一時間半が経過した。風呂場で古いコーラ瓶を洗うより、もっとマシな土曜の夜の過ごし方があるような気がする…。




令和元年八月十八日(日)
■朝五時ごろ起きる。とくになにもなくとも、荷造りして部屋を片付けるだけで時間は過ぎる。朝食はごはんとゴーヤーチャンプルー。


■朝八時ごろ、母の運転で出発。高速道路に乗って那覇空港まで。

空港に着いたら、荷物をあずけたい人類の列がめちゃくちゃ長かったので、スーツケースは一階の宅配便で送る。三千円は高いけど、まあ。この日は列に並ぶのがめんどうな気分だった。

那覇空港のA&Wはいつもいつも死ぬほど混んでるので、サンドイッチ屋みたいなところで母とお茶。


■その後、母と別れてゲートくぐる。ラウンジでそば。

機内へ。隣席では、山形ヒロヲ系の白髪メガネおじさまがキーボード付きiPadをパタパタやっている。なぜか印象に残った。12:42離陸。14:42着陸。羽田空港。


■スーツケースは那覇から宅配便で送ってるので、飛行機降りてそのままモノレールへ。

電気で動く汽車を乗り継いで茗荷谷駅。駅から自室まで歩くのが、あまりにもひさしぶりなので、なんだか初めて歩く道に思えた。


■午後四時ごろ、部屋に着く。テレヴィジョンを点けると、金爆キリショーの貯金額がどうのとか、そういった他愛のないバラエティー番組をやってるのでちょっと見る。無事帰省を終えた、と感じる時間。

夕方、妹1号に東京に着いた旨を電話する。


■夜、テキトーに夕飯を済ませて、デザートに「なかよしパン」を食べる。コザのマチヤグヮーで買ってきたのだ。