■2017/12/29〜2018/1/4は冬休みで沖縄。

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■帝国ホテルのミニバーを評する


■電子音楽家としての活動の傍ら、おれがホテルのルームサービスのクラブハウスサンドイッチ評論家として月刊『ホテルのルームサービスのクラブハウスサンドイッチ批評』誌(ホテルのルームサービスのクラブハウスサンドイッチ批評社・刊)にホテルのルームサービスのクラブハウスサンドイッチ評を執筆していることは、ホテルのルームサービスのクラブハウスサンドイッチ愛好家の皆様ならとっくにご存知かもしれない。

と同時に、おれは『ホテルの客室内ミニバー』の評論家でもある。こちらはクラブハウスサンドと違って、いまだ定期的に刊行される専門誌が存在しないばかりか、日本国内の批評家の数もわずかなものである。そのため、一般にはホテルの客室内のミニバーに評論や批評が成立することすら認知されていない。21世紀になるのにこれでも先進国か、とわが国の文化的土壌の貧弱さを嘆かずにはおられない。とはいえ、それは一般層へのアピールを怠ることを楽しんでいるホテルミニバー論壇の風潮にも責任がある。

置き浄瑠璃がいささか長くなったが、ホテルミニバー論壇の閉鎖的な体質に一石を投じる意味も含めて、今回はこの場を借りて先日宿泊した帝国ホテルの客室のミニバーについて論じたい。あらかじめ強調しておくが、自腹での宿泊であり、タイアップや提灯持ちの類ではない。部屋は本館のデラックス・ダブルである。

なお、初学者の皆様のために申し上げるが、一口にミニバー評論といっても、ワイングラスやタンブラーなどの食器類、マドラーやコースターなどの消耗品、はもちろんのこと、冷蔵庫そのもの、果ては伝票のレイアウトやタイポグラフィ、などなど数種類の専門分野に細かく分かれている(マイナーな世界であるが故か、縄張り意識が必要以上に強い輩がいるのは困ったことである)。食いしん坊なおれは当然、飲食物を専門としている。そのため、以下は飲食物についてのみ述べる。



冷蔵庫内

冷蔵庫内

正直を申し上げて、フリッジ(冷蔵庫内飲食物のことを我々の業界ではこう呼ぶ)はただ一言、弱い、としか申し上げられない。その理由は、冷蔵庫を開けたときの華の乏しさである。コンビニやスーパーでおなじみの面々に出迎えられても、困る。

信州産ジュース、はたしかに悪くない選択だが、それを帳消しにしてしまうのがアセロラドリンク(親戚の家か!)と、ワンダ金の微糖(会社の自販機か!)である。とくに後者は、このような場所ではできれば目にしたくなかった。

また'90年代以降、このミニバーの世界にペットボトルが進出してきたのはまことに嘆かわしいが、帝国ホテルといえどもこの潮流には抗えないらしい。数本のペットボトルが確認できた。しかし、わざわざペットボトルの飲料に、誰がすすんで“ホテル価格”を支払うのだろうか。「じゃあコンビニ行くわー」となるのが人情ではないか。ソフトドリンクは、できれば瓶、最悪でも缶にしていただきたいものである。

鉱水は、エビアンと、帝国ホテルのラベルが貼られた富士ミネラルウォーター(東京の老舗ホテルは、やはりこれでなければならない)。じゅうぶん及第点ではあるが、強いて云えばペリエも欲しいところか(とはいえ、ペリエを置いたとたん外資系ホテルっぽくなるのではないか、という意見にも素直に耳を傾けたい)。

なお上記の写真では分かりづらいが、冷蔵庫上段にチョコレートが入っていて、ラベルに帝国ホテルのマークが入っているのだが、ラベルだけいろいろすげ替えて劇場や地方の空港で売られている“汎用チョコレート”であり(そうではないのかもしれないが、少なくともそう見えてしまう)、とくにそそられるところはなかった。

脇を固めるラインナップも、若干ツメが甘い。トマトジュースは、実はデルモンテが正解、ポカリスエットは細缶(350mlは生活感が出てしまう)が正解、コーラはもちろん瓶が正解なのだが、今の時代にそこまで求めるのはわれわれ好事家の贅沢だろうか……。




引き出し内

引き出し内

ドロアー(サイドボードの引出しに蔵されている飲食物を我々の業界ではこう呼ぶ)の部も寂しい。ウイスキーのミニボトルはまあ及第点を付けられるが、おつまみはどうだろう。地方のビジネスホテルの廊下の奥で孤独に稼働している自動販売機でビールとともに売られている「ビール缶の形をした容器」に入ったナッツ、とは。おれがフランク・ロイド・ライトだったら泣く。帝国ホテルに泊まってこんなものを口にしたくなる人は稀だろう。われわれは九州の郊外の国道から一本入ったところにある一泊5500円のビジネスホテルに泊まっているのではない。

かろうじて、ナビスコの「ピコラ」に似たギリシャ産の菓子の存在が、ドロアーの体面を保っていた。




総評
フリッジ、ドロアー、ともに低調である。より高いグレードの部屋には、より高いグレードのミニバーが用意されているのかもしれないが、とはいえもうひと頑張りできる余地はあったであろう。

このご時世、全体的に「コスト削減」の文字がちらつくのは仕方ないとしても、やりようがまだあったように思う。たとえば、少なくともワンダと「あの容器のナッツ」をやめるだけでもずいぶん印象が異なってきたのではないか(ささいな話ではあるが、一つだけ。冷蔵庫をパッと開けたとき──われわれはファースト・ヴューと呼ぶ──に、視界にアサヒビールが入らないようにしておくと、なお好印象だ)。

帝国ホテルといえど「甥(27)の結婚式のため上京してきた地方在住の中高年のための宿泊施設」としてビジネスホテル代わりに利用される存在になりつつあるのだろうか、などという雑な一文で締めくくられるような印象を与えないミニバー作りを目指していただきたい。




追記(一)
と、このようなことを書くと、「どうせこんなことを偉そうに書いてるおまえもミニバーなんてそうそう利用するわけじゃないだろう」「欲しい飲み物がないならルームサービスに頼めばいいじゃないか」などど抜かす不見識な輩がたまにいるが、ミニバーとその飲食物もまた、れっきとした客室の調度品なのである。ミニバーを利用する、しない、ではない。ミニバーの存在自体が、家具、壁に掛けられた絵、壁紙、照明、窓からの景色、などと同じく、ホテル滞在の居心地を左右する要素の一つなのだ。空っぽの冷蔵庫や、日本茶のティーバッグしか入っていない引き出しは寂しい。良い飲み物が入っている冷蔵庫と、良いお菓子が入っている引き出しは、それだけで人の心を潤すものだ。

コスト削減、コスト削減の世の中では、「ミニバーの飲食物を減らすと良いと思いま〜す」と提案した者が上司に褒められるのだろうが、それはホテル滞在の楽しさや心地よさをも同時に削減してることもまた留意するべきである。カプセルホテルやビジネスホテルばかりがホテルではあるまい。


追記(二)
ミニバーの菓子が貧弱だった場合に備え、あらかじめ持参した菓子の写真を以下に掲げる(なお、写真には写ってないが、ルームサービスのクラブハウスサンドイッチの付け合わせがポテトチップスでなかった場合に備え、プリングルスも持ち込んだ)。外資系ホテル的なラインナップに偏ったのは反省すべき点である。今後も、東京の老舗ホテルの客室にふさわしい菓子の選定について模索していきたい。

持ち込んだ菓子